39 笑顔でまた会えたねって言って

 私が麦わらの一味に同行してから三日目の朝。天候は晴れ、季節は春時々夏。そんな穏やかな航海の中で、今日もルフィたちの楽し気な声が船に響く。
「凍った俺の真似!!!」
「ぶーひゃっひゃっひゃ!!」
突如として扉をバンッと開け放ち飛び出てきたルフィはカチンと凍った真似をして壁に激突している。その様子を待ち構えていたウソップとチョッパーが馬鹿笑いをしていた。見るからに穏やかな様子。しかしナミはそんな彼らを見て呆れていた。
ちゃんもどうぞ」
「ありがとう」
フードをかぶってナミの傍に座っていた私にも、じゃがいものパイユを渡してくれるサンジ。昨日の夜は彼のおかげで心の蟠りが少し軽くなった。どういたしまして、と昨日のことを何も感じさせないように去って行った彼に何かお礼が出来たら良いのだが、と考える。
足元に丸まっていたアリシアにパイユを与えると、彼女は美味しいとばかりににゃーんと一鳴きした。


 彼のお皿洗いが終った頃を見計らってダイニングに入っていく。丁度椅子に腰かけていた彼にお疲れ様と言って背後に立った。
「どうしたんだい?」
「肩揉んであげる」
不思議そうに彼が私を見上げ、私は彼に微笑む。私が思いついた彼へのお礼は肩もみだった。よくマルコたちに肩を揉んでくれと言われていたものだから、彼も喜んでくれるかもしれないと思って。まあ、マルコたちと違ってサンジは若いから肩なんて凝らないかもしれないけど。
「え!良いのかい?ありがとう」
「痛かったら言ってね」
そう言って彼の肩を揉む。人の肩を揉むなんて随分久しぶりだなぁ。モビーに戻った時にはパパやマルコの肩をまた揉んであげよう。そう思いながら彼の肩を解していく。会話をしながら二十分程彼の肩を揉み続けていると、彼から「もう良いよ、ありがとう」と声が上がった。私としてはまだまだこれからだったのだが、彼の顔が赤いから血流が良くなったのだろう、と判断して彼の言う通りそこでやめておくことにした。
ふと、外がぎゃあぎゃあと五月蠅くなっているのに気付いた。何だかカエルだカエルだ!と叫ぶ声が聞こえるのだがここは海の筈だ。カエルがどうして。
二人してダイニングから出るとルフィたちが前方を指差してやはりカエルだと叫んでいる。その指の先には確かにカエルがいた。しかも体中傷がある。彼はそれを食べることに決めたらしく、船をカエルの方角に向けた。
まったく、自由奔放だなぁと思いながら眺めているのだが、ナミはそんな彼にカエルなんか食べるなと怒っている。
「ん?あれは……」
ふとナミが上げた声に少し視線をずらしてみると、灯台が見えた。あれは、もしかして駅だろうか。しかし、何が通るのか思い出せない。ここを通ったのは5年も前だから忘れても仕方がないだろう。
――えーと、船でもないし、飛行機でもないし、車でもないし、バスでもないし…。
えーと…えーと、と前の世界の移動手段を上げてもその中に答えはない気がする。そんな思考を遮るようにカンカンカン!!とけたたましく鳴り響く鐘の音に、私はあ!と声を上げた。それと同時に動きを止めたカエルに追いついたゴーイングメリー号がガコンと何かに乗り上げる。
――これはまずい。
「バックバック!!180度旋回―!!」
私は咄嗟に船の後ろに駆けて私たちの潜水艦が繋がれている鎖をぐいっと引っ張る。ザバァッと海面から浮き上がり宙を舞う潜水艦。そして何とか線路の上から抜け出したメリー号が寸でのところで何もない海に抜け出す。その直後にポッポー!!と直前にまで迫っていた汽車が通過して、私たちは顔を青褪めさせた。
「あ、危なかった。船が木端微塵になるところだった」
ぽつりと呟くと、同調するようににゃあとアリシアが鳴いた。私たち二人はこの結末に安心していたようだが、ルフィたちはカエルが轢かれたと騒いでいる。そりゃああんな勢いで重量のある汽車に突撃されたら大きなカエルだってひとたまりも無い筈だ。
「大変だ!ばーちゃんばーちゃん!海賊だよ!!」
「何!?本当かチムニー!!!」
しかしその茫然としている彼らを待ってくれる程天は甘くない。少女の高い声が駅の部屋から響き、その少女の祖母と思える恰幅の良い女性が現れた。彼らは身を固くした。しかし、彼女は酔っ払っていたのか海軍に電話をかけたものの、要件を忘れてしまったらしい。
とにかく、彼女たちの機嫌を取るためにじゃがいものパイユを持って出て行ったサンジたちを見送って私はダイニングに戻った。ここまで来れば彼らの目的の島は一つしかない。それは私が通過しようとしていた島――ウォーターセブンに違いない。ナミの航海術はとても優れているしログポースの指針は私が持つエターナルポースと同じ方角を指していた。きっと、あの駅長の老女からこれから行く先がウォーターセブンであることが伝えられるに違いない。
島に着けば、私たちは別れることになるだろう。元々私は友人を訪ねにこの島に寄っただけで、彼らのログが溜まる期間が私たちの滞在期間とかぶる可能性は少ないから。あと数時間で彼らとの旅も終わりを迎えるのだと思うと少し寂しい。到底数日の付き合いとは思えない程濃い航海だった。
「私たちの指針はこれからウォーターセブンを指してるみたいなの」
「やっぱり?じゃあ島まで同行させてもらうね」
暫くして戻ってきた彼らのもとに行くと、ナミが私に地図を見せた。これは…地図とは思えない程簡略化されたらくがきに近い。二人してそれを眺めて、次いでナミが分かるか!!と叫んで地図を床に叩き付けた。その言葉は尤もですとしか言いようがない。
「アイスバーグさんがどこにいるか分からないじゃない!」
「まあまあ。私、彼と知り合いでドックの場所も知ってるから連れて行ってあげるよ」
怒り心頭な様子の彼女をどーどーとあやす。まだアイスバーグさんが私のことを覚えているか分からないけど。そう付け加えれば彼女はありがとう!と先程の様子とは一転して笑顔になった。


 暫くそのまま進んでいると、とうとうウォーターセブンの街並みが見えてきた。私にとっては5年ぶりの、彼らにとっては初めての水の都。大きな噴水が町の中心から飛沫をあげている。
一様に驚きの表情を露わにしている彼らを眺めながら、私はあの4人に思いを馳せた。彼らは私のことを覚えているだろうか。この街を去る時、確かに約束を交わしたけれど彼らはとても多くの客を相手にしているから。もしかしたら私のことなんて忘れているかもしれない。
町の中にどんどんメリー号は入っていく。しかし、海賊が堂々と正面から入ってくるのはまずいと忠告をしてくれる地元の人に元気にはーいと返事をする彼ら。彼らはその人の言う通りに船を裏町の方に旋回させた。
「よし!じゃあまァとにかく!行こう、水の都!!」
裏町に着き、船を止めた後。テキパキと指示を出しているナミを尻目にルフィはどこまでも自由だ。メリー号のマストが折れそうになるというハプニングがあったものの、何とか持ち直した彼らについて街に降りる。
『アリシアも付いてきてくれる?』
『はい』
彼等の船から鎖を外して、少し離れた所に潜水艦を留める。碇を下ろして、潜水艦がどこにもいかないようにして、ゾロに船番をするならついでに潜水艦も少し気にしてもらえないかとお願いした。彼はそこまで面倒ではなかったのかああと頷いてくれた。それにありがとうと返して、私はナミたちのもとに向かった。もちろん、日傘と鬼切安綱を忘れずに。
「まず換金所に行かねェか?」
どうやらルフィたちは空島へ行った際膨大な量のお宝を持って帰ってきたらしい。ウソップはこんなにたくさんの黄金を持ってたら怖いし何より賊に狙われそうだと主張する。確かにこれだけ大きいと目立つだろう。何より、そわそわと精神的に落ち着かない彼が可哀想だ。アリシアがほう、と言うようにその大きな袋を見上げた。
「まあこの町ではブルに乗らなきゃ回れないから貸しブル屋に行こう」
「貸しブル屋?何だ?」
私もそこまでこの町のことを知っているか分からないけれどこの町に訪れるのが初めてな彼らに比べたら知っているだろう。ということで、目の前にあるレンタルショップ貸しブル屋に入ることを勧める。ブルドックか何かか?と想像している彼らにどう説明しようかと悩む。馬に似た魚だろうか。
「すいませーん!ブル貸してください!!」
「まず何なのか聞け!」
「ルフィは早いなぁ」
しかし私が説明するよりも先に彼は店の中にずかずかと入って行ってしまった。まあ、口で説明するより実際に目で見た方が分かりやすいだろう。そう思って私は彼を止めることはせずに彼の後に続いて中に入った。店の中にはどことなくブルに似た顔の店主が新聞を読みながら寛いでいる。
「いらっしゃい、ブルだね。何人だい?」
「4人!!」
振り向いた店主にびしっと四本の指を立てたルフィ。どうやらアリシアは小さいからか人数に加算されていないようだ。そんな彼に何ブルにしようかと店主は愛想よく訊ねる。ランクは“ヤガラ”、“ラブカ”、“キング”と言葉を重ねていく彼に、私はこの場合は別行動もするだろうしと考えてヤガラを3匹で良いだろうと結論付けた。それは店主も同じようだった。しかしルフィが美味しく焼いてくれと言っているので、何だか話が噛み合っていない。あールフィって面白い。ふふと笑って隣のナミを見る。しかし彼女は彼のことなど眼中になかった。
「ほう、記録をたどってここまで来たのかい!!」
店主は彼との会話がおかしい事に気付いたのかヤガラについて説明し始めた。私は説明は彼に任せてどのブルにするか決めようと生簀に向かう。ルフィも私と同じように生簀を覗いていた。
「馬みてェな魚だな」
「かわいいでしょ?」
べろんとブルに舐められたルフィがこのやろー!!と騒ぐ。アリシアは自分も舐められないようにとじり、後退りした。後ろからやって来たナミは可愛いと言っているあたりこの魚を気に入ったのだろう。そのブルに気に入られたルフィはそのブルになったらしい。私はその傍でにこにこと笑っているブルにした。よろしくね、と言えばそのブルは嬉しそうにニーニー!と鳴いた。
私がそんなことをしている間にナミは換金所について訊いていたらしく、予定を考えることが出来たらしい。
――皆元気にしているかな。
私たちは水の都に飛び出した。


2014/01/31
君を忘れるなんて、そんなこと言わないで

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