36 契

「かわいいー!!猫と一緒に旅してきたの!?」
「うん、アリシアっていうの。賢いからあんまりからかったりしないでね」
潜水艦を彼らの船に近づけ碇とはまた違う鎖を彼らの船に括りつけて、流されないようにしてから私は彼女を抱き上げて船に飛び乗った。
ナミやチョッパーは猫の登場に目を輝かせたが、彼女はそんな彼らの様子にふいっと顔を逸らす。やはり仲よくする気は無いらしい。
そして自然な会話の流れでダイニングに行くことになった。久しぶりにまともに太陽の光を浴びた身としてはとてもありがたいお誘いだった。このまま何も言われないようであれば、図々しいがどこか屋根のある部屋に案内してもらおうと思っていたから。
「おじゃまします」
そう言ってダイニングに入ると、そこには先程はいなかった黒髪の女性がいた。聡明そうな灰色の瞳が、こちらに注目する。ああ、たぶんこの人は知っている。私は直感的にそう思った。彼女の何かを見極めるような瞳から、目を逸らせない。彼女はナミやサンジから起きていて大丈夫なのか聞かれていたが、私から目を離さずそれに答えていた。
「――あなた、LILYね。ALIVE ONLYで懸賞金7千万の女の子。噂では吸血鬼だと聞いたけど、それは本当かしら?」
「…あなたはニコ・ロビンね。それを知ってどうするの?」
先程と変わらぬ様子で私を見て吸血鬼と口にした彼女。LILYの名と吸血鬼を結び付けられている事実に、少しだけ嫌な予感がする。私もそれなりに彼女のことを知っているけれど、彼女は一体どこまで私のことを知っているのだろうか。ポーカーフェイスはあまり得意ではないけれど、動揺したことを隠したくて彼女に微笑む。
後ろでは吸血鬼!?ギャアアアアアア!!とナミやウソップ、チョッパーの悲鳴が上がり、ゾロとサンジは神妙な顔付きで私を見てくる。しかし、ルフィは何を話しているんだと言わんばかりの顔付きで首を傾げていた。
足元では心配そうにアリシアが見上げてくる。
――きっと、今嘘を吐いてもそれが通用するのは単純な子たちだけだろう。一番はぐらかしたい相手には効かないのだから、本当のことを言うしかあるまい。ただ、全てを語るつもりは無かった。だから今もアリシアを猫として扱っている。
「――そう、私は吸血鬼。太陽を恐れ、人の血を求める。だけどそれ以外は人間と何ら変わりないよ。血はちょっと貰うだけで殺さないし」
「そう。LILYから賢者の石が作り出されるというのは本当?」
先程悲鳴を上げた三人は未だ震えているようだが、ゾロとサンジの緊張は解けたようだった。しかし、この質問のせいで私とロビンとの間にぴりっとした緊迫感が生まれた。主に私からだけど。
まさか、賢者の石のことまで知っているとは。彼女は、一体何者だ。大分昔に滅んでしまったオハラの生き残りである、ニコ・ロビン。彼女は、何の為に情報を集めているのか。
「それを知ってどうするの?海軍に付きだすつもり?」
「まさか。考古学者としての興味よ」
にっこりとして告げられた言葉にはぁと溜息を吐く。私はそこまで頭脳明晰というわけでもないから、ずば抜けて頭が良い人と話すのって疲れる。しかし、お互いから同時にふふと笑い声が上がる。
「ごめんなさい、知識欲が旺盛で」
「ううん、私こそ嫌な態度とってごめんなさい」
お互いに歩み寄ってよろしくと手を握る。ルフィは話終わったのかー?と退屈そうに椅子に座っていた。周りの者たちはまだ釈然としていないようだが、サンジは何故かわなわなと震えている。
「ああっ!!麗しの吸血鬼の姫君、君に血を吸われて息絶えるならそれも本望…!」
「えっ」
芝居じみた動作で訳の分からぬ言葉を口にしながら私の前に跪いた彼は、いつの間にか緩めていた首元をばっと曝け出し、さあ噛みついてくれと言わんばかりに私を見上げた。それにぎょっとする。いや、だからさっきも説明したけれど、よっぽど理性が無くなっていない限り血を吸って殺すなんて真似はしないと彼にもう一度説明した。
「そ、そんな…!」
「いや、まあ血は必要だから頼むかもしれないけれど…」
おかしい、何故吸血鬼の私が人間のサンジに血を吸ってくれと縋られているのだ。見るからに動揺している私にルフィは笑い転げているし――何がそこまで彼を笑わせているのか分からない――ナミたちもそんな私の様子を見て先程のショックが軽くなっているようだった。
――おかしい。再度思う。シャンクスたちの時とはまた違った受け入れられ方だった。大抵吸血鬼は人間から忌み嫌われているのに、彼らはどうしてこんなに簡単に受け入れてくれるのだろう。嬉しさよりも先に戸惑いが生まれる。
たぶんそれはアリシアも同じだろう、ハァ?と言わんばかりに彼らを睨み上げている。とにかく、麦わらの一味はとても変わった人間だらけなのだと自分を納得させた。


 どうやら、私たちが進んでいる方向と彼らが進んでいる方向が一緒だったようで、私たちは暫く同行させてもらうことにした。日光は私の身体に毒だということを考慮してくれたのか、彼らは日が沈んでから宴を開いてくれた。あっはっはと笑いながらお酒を飲む彼ら。ルフィは鼻と口の端に箸を挟みながら変な踊りをしている。それを見て私も思わず笑ってしまった。
アリシアは少し離れた所で丸くなって、時折ちらりとこちらを見てくる。きっとまだまだ人間の傍に好んで行くわけではないのだろう、と思い彼女をそっとしておくことにした。
「なぁ、
「なあに?チョッパー」
ちょこんと遠慮がちに私の隣に腰を下ろしたトナカイに視線を移す。そういえば、今更だけどトナカイが話しているという事実に気付いた。以前喋る白熊と出逢って友達になったから、あまり動物が話すということに衝撃を感じなくて、ただただルフィのことばかりが気になっていた。
「おれ、が吸血鬼って知った時怖かったけど、はおれが喋ってるの見ても怖くなかったのか?」
その質問は宴の席ではあまりにも小さかったけれど、私はそれを聞き取った。ジョッキに注がれたエールビールをごくりと飲み込んで微笑む。ああ、そういうことか。
「怖くなかったよ。昔ね、喋る白熊と友達になったからさ」
私を見上げた彼は本当か?と呟いた。彼は嬉しそうな表情をしたが、次いで申し訳ないというような顔になった。
ご――と言いかけた彼の口の中に美味しそうなトマトサラダを突っ込む。もご!?と驚きの表情になっている彼に私は笑って言った。
「未知の物に恐れるのは当たり前だよ。今は大丈夫なんでしょ?なら、私はそれで良いよ」
「……そっか。は強いんだな!」
トマトを飲み込んでそう言った彼にそうかなと笑い返す。私なんてまだまだだ。
ふへーと踊りつかれたルフィがどかりと私の隣に腰を下ろす。チョッパーは何だか元気が出たのか笑顔で料理を取りに行った。
「なぁ、。俺が会ってない間のエースを教えてくれよ!」
「うん。ルフィも小さいときのエースを教えて」
目をきらきらさせている彼に頷く。彼は手に持った肉を頬張りながら私の話に耳を傾けたり、時に話の間に入ったり大声で笑ったりした。
特にお互いエースのことを知っているからか、エースあるあるが次々に溢れ出てくる。無銭飲食とか、強い所とか、いつもどこかで心の支えになっていることとか、兄貴としての面倒見の良さとか。
「俺、小せぇ時にエースと杯を交わしてんだ。だから血が繋がっていなくてもあいつは俺の兄ちゃんなんだ!」
エースはすっげえ頼りになるんだ!にっしっしと笑う彼に確かに!と笑い返す。私とエースは杯を交わしていないけれど、彼は私のことを妹と言って可愛がって時に叱って面倒をみてくれる。何度彼のそういった部分に助けられたことか。あれほど頼りになる兄貴は中々いない。
私とルフィはお互いに、過ごす時間が違ってもそういう彼を知っている。私たちは尚も、シャンクスと会った時の話やら、アラバスタでルフィを海軍から助け出した彼の話を聞いて盛り上がった。
何だろう、こんなに楽しいのはいったいいつぶりだろう。いつも年上の大人ばっかりを相手にしていた私にとってこの時間はとても貴重なものに思えた。今まで私より年下の子と話したことが無かったからそれは当然といえば当然かもしれないけれど。
何より、この麦わらの一味全員に惹かれている。特に、ルフィ。彼はエースに似ていながらも似ていない部分が沢山ある。それが、とてもおもしろい。
!お前、俺の仲間になれよ!」
「嬉しいけどね、無理だよ。私は白ひげ海賊団だから。保護者が怒っちゃう」
がしっと肩を掴まれて笑顔でそう言われるけれど、残念でしたと返す。しかしこんなに簡単に、エースの妹分だと自己紹介したものの見ず知らずの私を仲間に勧誘して良いものなのだろうか。彼は途端にいじけた顔になり頬を膨らまして駄々を捏ねる。その様子の何と面白くて可愛いことか。私は今までに感じたことのない感情を覚えた。
――きっと弟がいたらこんな感じだったんだろうなぁ。
「じゃあ!俺の姉ちゃんになれ!!」
「――仕方ないなぁ」
ああ、だからだろうか。こんな簡単に答えてはいけないことに簡単に頷いてしまったのは。よっしゃあ!と叫んだ彼がぐいーんと腕を伸ばしてゾロの飲んでいた日本酒と傍にあった何個かあったうちの二つの杯を取る。彼は何やってんだコラァアと怒っていたがルフィは笑ってごまかしている。ぱしんと戻ってきた手の中にあるそれを見て私は決意を決めた。
「俺たちは今日から友達で姉弟だ!!」
「うん!」
かちんと杯をぶつけてぐいっと煽る。驚異的なスピードで打ち解けた私たち。まるで今日が初めて会ったのが不思議なくらいお互いの存在を受け入れられていた。
「テメェルフィのくせに何ちゃんと乾杯してんだ!俺も混ぜろ!!」
「ええ!?何あんたルフィ!と兄弟の杯交わしたの!?」
「な、何――!?相手は白ひげ海賊団の大切な一人娘だぞォオ!?」
「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ。やっちまったことは仕方ねぇだろ」
「うふふ、船長さんはまた強力な味方をつけたのね」
「えー!ルフィスゲーな!!」
「なっはっはっは!!!」
賑やかな宴会の声がグランドラインの夜の海に響いて溶けていく。


2014/01/29
そのまま光に向かって進むんだ。

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