35 フルカラー

 鴎の姿となりスイーと麦わらの一味の船の上に飛んでいく。下を見下ろすと麦わらの一味の何人かがわいわいと騒いでいる所だった。赤いベストに麦わら帽子。その目印が一人の女の子と動物の前で何か踊っている。旋回しながら彼らを眺める。
へえ、あの写真通りに明るい子なんだ。そう思ってつい油断していると、見上げた彼とばっちり目が合った。
――わっ!ど、どうしよう。
「鴎だ――!!食うぞ!!」
その叫び声と同時ににゅーんと伸びてくる両手。うわっと咄嗟に避けたけれど、彼と目が合ったことと、突然ゴムのように自身に向かって伸びてきた手に動揺を隠しきれなくて、鳥の姿を維持する集中力が切れてしまった。
「わあっ」
「ギャアアア人間だァアアアア!!!!」
人間の姿に戻ってしまい、そのまま船に落ちていく。着地の体勢を、と思った時には何故かゴム毬のような柔らかいものに当たっていて、ぼよーんと自分の身体は跳ねた。
様!!いったい何が!』
『大丈夫!まだ中にいて!』
臨戦態勢に入ろうとしている様子のアリシアにテレパシーで待機を命じる。そして、私を受け止めた正体を見下ろしてみれば、ぼよんぼよんと私の下で膨らんでいるのは肌色の…もしかして、ルフィくん?
「ぶはぁ!!」
「っと」
シュウウウウと空気が抜けたような音がして、縮む私の下の風船。その風船が縮むと麦わら帽子をかぶった少年になった。私は彼の身体から飛び降りて床に足を付く。そしてその周りを先よりも多い人数に囲まれていることに気付く。
――あちゃあ……、どうしよう。接触しちゃった。先程の約束を数分もしないうちに破ってしまったではないか。きっと、後でアリシアに怒られるだろうと思って、私は俄かに苦笑した。
「お前超重いなァ、何で鳥になってたんだ?」
「おい、ルフィ。あまりこいつに近づくな。テメェは誰だ」
「おい!クソマリモ!!こんな可憐な少女に刀を向けてんじゃねぇ!!」
私の方にぎらりと光る鋭い目と銀色の刀身が向けられる。金髪の青年は何故か私を庇ってくれているが、これは相当疑われている可能性が高い。長鼻の少年とオレンジ色の髪の少女と小さな鹿…?の子は端っこでがくがく震えながらこちらを見てくる。そりゃ、こんな黒いフードパーカーかぶっている私が空から落ちてきたら誰もが怪しむだろう。いかにも怪しい奴だ。
とにかく、誤解を解かなくてはと手を上げて敵意が無いことを示す。
「私は、。白ひげ海賊団所属。初めまして、エースの弟くん」
「何!?お前エースのこと知ってんのか?!」
なるべく友好的に、とにっこり笑いながら自己紹介した私に対して、ぐいっと身を乗り出した彼だったが、緑色の髪をした剣士がまだこいつが本当にお前の兄貴と繋がりがあるか分からねぇだろと注意する。なるほど、彼の言うことは尤もだ。良い仲間に恵まれているようで安心した。きっとエースも彼らを見たら同じように安心しただろう。
「確かにそうだ!おい、お前。エースについて何か言ってみろよ!」
彼の言葉に納得したルフィが鼻息荒くそう言う。エースのこと?思い当たることが多すぎていったい何から話したら良いか分からないけれど、外見の話を求めているわけではないだろうから、彼の内面や今まで行ってきた所業を述べることにした。
「うーん、よく食べてよく寝る。ご飯中でも寝るし「エースだァアアアア!!!」
ちょっと待ってまだこれからなんだけど。彼の特徴を述べている最中にも関わらず彼は大声を上げて緑の髪の剣士を押しのけてこっちに来た。何だろう、ものすごく自分のペースを乱されている感がある。
「おー!すげぇ!!本当にエースの仲間だったんだな!お前名前何だっけ?」
だよ。エースにはずっと妹分として可愛がられてきたの。よろしくね」
歓迎してくれているのか、やたら背中を彼にばしんばしん叩かれる。鍛えているからそれくらいでは痛くないけれど、その衝撃でつんのめりそうになる。
どうやら他の仲間たちも私のことを信じてくれたようで、徐々に警戒を解いているようだった。たった一人、剣士を覗いては。
様、ご無事ですか?』
『うん、大丈夫。ごめん、接触しちゃった』
潜水艦の中で待機していた彼女のテレパシーに応える。時間がかかりそうだったら、彼女も猫になってこちらに来てもらおうか。しかし、変わらず待機していてと彼女に伝える。こんな状態で来られたらきっとこの場はより混沌と化すだろう。
「エースの妹ってことは俺の兄妹ってことだな!は何歳なんだ?」
「私はエースの一個下。19歳だよ」
だから、ルフィのお姉さんだね。そう言おうとした口は周りの「ええええええ!???!」という声に驚き動かなかった。耳が痛い。こんなにオーバーリアクションしてくれなくても良いのに。何て賑やかな海賊団なんだろう。確かに私は吸血鬼だから人より成長が遅いけれど、そんなに幼いのだろうか。
「ええ!?ちゃん俺らと同い年!?全然見えなかったよ!」
「そうよ!せめてルフィと一緒って感じなのに」
くわっと金髪の青年とオレンジ髪の少女が目を見開く。ルフィは私が言おうとしていたこと――「じゃあは姉ちゃんなんだなー」と言い、しっしっしと笑っていた。剣士の青年は相も変わらず鋭い眼光を投げかけてくるだけである。長鼻の少年はただただぽかーんとしていた。あの子大丈夫かな?
こんなに色んな人間から詰め寄られたのはいったいいつ以来だろうか。普段こんなにオーバーリアクションをしない白ひげ海賊団に比べると彼らはあまりにも賑やかすぎた。これが若いパワーというやつか。羨ましい。
「まって、私誰が誰だか分かんないから。名前を教えてくれると助かる」
「ああ、そうだったな!俺はルフィ!海賊王になる男だ!」
改めて自己紹介をした彼にへぇと笑みが浮かぶ。こんな風に自分の夢――それも海賊王になるなどという大それた夢を豪語するとは。将来がとても楽しみだ。彼は続いて彼の仲間も紹介していった。
こいつがゾロで剣士。こいつはナミ、航海士だ。こいつはウソップ、狙撃手。で、こっちがサンジ、うめぇメシを作る料理人だ。このトナカイはトニートニー・チョッパー、良い腕した船医だ。
「あと一人はロビンって言って考古学者なんだけどよ、今は寝てる」
「そっか。改めて、私は白ひげ海賊団の。今は訳あって船を出て旅をしているところ」
一通り各自の自己紹介が終り、顔と名前を一致させる。ごめんね、チョッパー。鹿だとか思ってて。トナカイだったんだね。これでも人の顔と名前を覚えるのには自信がある私は、あっという間に彼らを記憶した。あんなに人数の多い海賊団にいたら嫌でもそういった能力が付くのだ。
「旅って言ったって、お前何で旅してるんだ?」
「潜水艦だよ」
鋭い目付きで質問を寄こした剣士の青年――ゾロはまだ私のことを信用しているわけではないようだった。彼らの船の後ろの海に潜水していた筈の潜水艦が少し離れた所にぷかーと浮いているのを見て、指を指す。ナイス、アリシア。彼女の機転に感謝した。
そうか、と納得した彼に苦笑する。きっと彼はこの船の中では苦労性なんだろうなぁ。こんなに簡単に船長が余所者を信じてしまうのだ、彼の心労は絶えないだろう。
「ん?」
「ん?なななな何だお前!」
ふと、ゾロから移した目線がウソップに当たる。あれ?何かこの顔どこかで見たことがある気が。そんな風に内心呟き彼に近づく。彼はヒイイイイと悲鳴を上げ後ずさろうとしたがそこは既に壁だ。追い込んだ彼の顔を不躾にも下からじろじろと眺めて漸く気が付いた。鼻は違うが、きっとこの顔の造りは…。
「ああ、分かった。君、ヤソップに似てるんだ」
ぽんと手を叩いて自己完結した私は、怖がらせてごめんねと言うように彼に微笑んだ。そのまま元いた場所に戻ろうとしたのだが、彼にがしっと肩を掴まれる。その力は先程の彼からは想像できない程の強さで。
「俺の親父を知ってんのか!?」
「えっ」
先程の怯えた表情とは違い、今の彼は真剣そのものだ。周りの仲間たちも彼の様子に驚いている。どうなんだよ!と回答を急いている彼に若干圧されながらもうんと返す。ヤソップの身体的特徴と銃の腕が極端に良いことを伝えると彼は親父だ!と叫んだ。
「ど、どこでオヤジと会ったんだ!?」
「赤髪海賊団と接触した時に一度。元気そうだったよ」
ああ、きっと彼は海賊である父親に憧れて海に出てきたのだろう。彼は俺の親父は海賊になるために海に出たんだと鼻息荒く説明してくれたから。海に出たきり帰ってこない彼の父親。海賊になっていると信じていながらも何度か疑うことがあったかもしれない。だから、私は安心させるようにそう言った。
「そっか…そっか…親父は本当に海賊になってたんだな…」
「良かったな、ウソップ」
何度もそっかと頷いた彼は目を潤ませていた。きっと、それ程までに彼にとって父親の存在は大きかったのだろう。そんな彼の様子を見たルフィが今日はここで宴会だ――!!と大きく叫んだ。
「おい、!良いだろ!?」
「良いけど、ちょっとまって。潜水艦の中に家族がいるの」
宴を開いてもらえるなら潜水艦からアリシアを連れてくる必要がある。いつまでも待機させていたら、彼女は心配しすぎて後で私がこっぴどく叱られそうだから。良いぞと快く承諾してくれた彼にありがとうと言って、私はアリシアにテレパシーでその旨を伝えた。暫く考える時間があったのか、無言だったが彼女は最終的に認めてくれた。
とにかく一度潜水艦に戻って、連れてくると言い、私はその場から鴎になって飛び立った。


2014/01/29
それはまるで花火のように。

inserted by FC2 system