34 I'm on my way to you

 マルコたちのもとから離れて何週間か経つ。私たちはエースの跡を追うようにグランドラインを逆走している。既に魚人島を越えグランドライン前半の海にまで到達した。潜水艦での旅は快適だが、刺激が全くない日常が続いている。私たちの日課と言えば、ご飯を一緒に食べる時以外は交替制でスペースの確保術として、人間の姿よりも小動物の姿をしている方が多い。そのおかげで今まで以上に変身能力が高められているのは確かであるが。
そんな旅の中の楽しみといえば、外から情報を得られる唯一の手段である新聞を読むことだった。今まで気にしていなかったのにいきなりこんなに必要性を感じるとは。
様、あと腕立て伏せ600回ですよ」
「はーい……」
そしてここぞとばかりに鍛錬をさせられる。アリシアとの二人きりの旅は、主に鍛錬と吸血鬼についての教育をするにはもってこいであった。しかし、如何せんスペースが無いものだから大がかりな鍛錬は出来ないのが残念だ。
修行の一環として、身体に付けられたリョウコウ石は既に各々600キロは越えた。突然の重量超過に私は驚いたし、筋肉は悲鳴を上げている。このままだと、エースに追いつく前に筋肉隆々の女の子になってしまいそうだ。
――彼を追うのも私の目標の一つだが、一番大きな目標は友達を作る旅にすることだった。マルコに言った言葉を嘘にしたくないという思いもあるが、エースを追うことだけでは何かが違うと思ったから。私の夢は友達を作ることで、自分がこの世界に確かに生きていたという軌跡を残すことなのだ。エースはあんなことを言っていたけれど、きっと彼は自分を追う為だけに船を出てきたと知ったら怒る気がする。その旅路の中で私がどのように成長してどんなことをしてきたのかを、彼は求めるだろうと意識の奥深くでそう感じていた。

食料やその他の物資を仕入れる為に立ち寄った一つの島――フランカ島。そこにはいくつかの村があり、それの一つは大量に物資を買い込むのには許容できるくらいの大きな村だった。
店が開いており昼間程日射量が少ない夕方に私たちはその島に上陸した。
リョウコウ石は服の上からでも目立たない為、私は内心重いと思いながらもそれをつけたまま歩く。ちらちらと行く先の店に目を向け、どこの商品が安く買えるのかをサーチしていく。因みにアリシアは基本的に船から出る時には猫の姿をしている。それは全ての人間に私は一人で旅をしていると思い込ませる為。こうすることで、彼女の存在を知らない者が私を襲ってきても、彼女の存在が彼らにとって脅威となるだろうから。まあこれはマルコの指示なんだけど。
『ここの店でどうかな』
『そうですね』
「ここにある野菜を各5個ちょうだい」
「あいよ!」
他の店よりも多少安く売っている八百屋に入り、二週間分の食事に必要な量を買っていく。所々野菜の種類によって増やしたり減らしたりしたが、やっと私の腕に抱えられる量が袋に詰められていった。重さは苦ではないが、如何せん私の腕の長さは限られている為、山盛りの野菜だけを買って一度船に戻ることにした。
――そんなことを何度か繰り返して、漸く約二週間の船旅に十分な物資が調達できた。既に日没しており、村は夕方とはまた違った明かりを照らしている。
久しぶりの上陸ということもあり、私たちは船の中ではなく居酒屋で食べることにした。それはいつも料理をしてくれる彼女への苦労を少しでも減らすためであり――私も料理すると何度言っても彼女はそれを聞き入れてくれないのだ――またこの島の料理を食べてみたいという私の我が侭でもあった。因みに私たちに必要不可欠な血はモビー・ディック号を出る前にマルコたちから事前に分けてもらっておいた血で補給している。それだけではすぐに無くなってしまうので、立ち寄った島々の人々から気付かれないように少しずつ頂いたこともあったが。
「いらっしゃい」
気さくな様子の店主が笑って、席に案内してくれる。丁度夕飯時だからか円卓が空いておらず、私たちはカウンター席に座ってまず飲み物を頼んだ。
「おじさん、この店のお勧めは?」
「ああ、オススメは鯛のアクアパッツァだよ。今朝捕れた鯛を使ってるんだ」
「じゃあそれで」
『私もそれにします』
二人で同じ料理を頼んで、店員の女の子によって運ばれてきたオレンジジュースをごくりと飲む。ふと、カウンターの奥に貼りつけられている賞金首の写真に目が吸い寄せられる。
――麦わらのルフィ 100000000ベリー
賞金首の中では異様な雰囲気を放つ彼。それは他の者たちが鋭い目をどこかに向けているのに、その少年はまるで全てが順調だというように笑っているからだろう。にかっと海賊に見えないような、そんな笑み。
――エースの弟。
よく暇な時にエースから散々聞かされていた彼の自慢の弟だ。血が繋がっていなくても、彼にとってはそれはもう大切で手のかかる弟なのだ。私もよく手のかかる妹だと彼に言われていたけれど。
いったいいつの間に3000万ベリーから1億ベリーにまで跳ね上がったのだろうか。
「鯛のアクアパッツァの二人前だよ」
「いただきます」
店主から直接渡された料理を受け取り、手を合わせる。彩りよく添えられたミニトマトをぱくりと一口。うん、美味しい。アリシアは猫の姿だけれど、器用に手と口を使って料理を食べていた。
「そういやあんた、じっとそこの賞金首見てたけど賞金稼ぎかい?」
「ううん、違うの。いつの間に麦わらのルフィがこんなに賞金が上がったのかなって」
どうやら彼は先程の私の行動が品定めしているのかと思ったらしい。彼はああ、と言ってついひと月前に彼がアラバスタ王国に居座っていた王下七武海のサー・クロコダイルを倒したことを教えてくれた。その直後に彼の賞金は1億にまで上がったらしい。ひと月前といえば、丁度私たちが船を出ることになってどたばたしていた時期だ。道理でこの情報が入ってこなかったのにも頷ける。エースが船にいればきっとこのことを誇らし気に私たちに話してきたのだろう。
『ルフィ、か。会ってみたいな〜』
『私たちがグランドラインを逆走しているので、彼らが順調に旅をしていれば会う機会もあるでしょうね』
私の様子に彼女が猫の姿で微笑する。私はそんな彼女の横顔を見てから、まだ一度も会ったことがないルフィに思いを馳せた。

航海を始めてから既に1カ月と半月。そろそろ大事に飲んでいたマルコたちから貰った血がなくなりそうだった。しかし周りには海しかない。このままだと私たちの体調に影響が出てくる。
「このままだとあと四日程で血はなくなってしまうでしょう。無くなったとしても数日は動物の血で代用は出来ますが、出来れば人間から補給したいところです」
「そうだよね、どっかに船ないかな〜」
海賊船であれば戦闘している間に彼らの意識を昏倒させ、その間に必要な分だけ血を補給することが出来るのだが。世の中それほど上手くいかないだろう。
「食料はまだありますが如何せん我々は血がないとどうにもなりませんからね」
「そうなんだよね、万全に――あ!一時の方向に船発見」
約2キロ先の海面にゆらゆらただよう船の影を発見した私は途端に活気づいた。よし、これが海賊船だったら戦って意識を昏倒させ、商船だったらなるべく穏便に事を終わらせたいから友好的に話しかけて、油断させ意識を昏倒させよう。あまりやることは変わらないが、なるべく一般人には恐怖を与えたくない。
「とにかくまずは近づいてみましょう」
「うん」
潜水艦を船の方に向かわせる。徐々に海面に近づいていき、海上にカメラを伸ばす。カメラをきょろきょろと回し、その船のマストに張っている旗を見て驚きの声を上げた。
「アリシア!あの船麦わらの一味の船だよっ」
「本当ですか?こんなこともあるんですね」
同じように麦わら帽子の海賊旗を発見した彼女にうんうんと頷く。どうしよう、あールフィに会ってみたい。どんな子なんだろう。エースの話では元気で彼以上に頑固でよくご飯を食べる子ということしか分からない。話を聞いている限りではとても良い子だから、きっと私が急に現れても歓待してくれそう、な気がする。
「ねぇ、ちょっと見てきて良い?」
「そんな、駄目です」
突然の私のお願いに、彼女は彼が敵になりうるかもしれないし、外は昼間で日光が照っていて危険だと正論を投げかける。偵察になら私が行きますから、と追加して言われたが、大丈夫大丈夫と根拠にならない言葉を並べ立てた。
「鳥になって空から見てくるだけだから、ね?血ならまだ残ってるし接触とかしないからさ」
お願いー!と彼女に頼み込む。私の行きたい島の一つに次の島があり、血の補給なら何とか次の島で行えばどうにかなるだろう。もう、生のルフィが見てみたくて仕方がない。きっとこのまま彼らを通り過ぎて行ったら絶対に後悔する気がする。
「…分かりました。すぐ近くに私がいますので何かありましたらすぐに呼んでください」
仕方がない、というように了承してくれた彼女にありがとう!と笑顔で礼をする。やったあ!これで今まで話でしか聞いていなかったルフィに会える。
彼らの船に近づきすぎない所に潜水艦を浮かび上がらせ、外に出る蓋を開けて鴎に変身して飛び出した。すぐにぱたんと蓋を閉められて潜水艦は再び水中に潜った。しかし、影がゆらゆらと見えるからそこまで深くは沈んでいないのだろう。
翼を羽ばたかせ、白い帆に麦わら帽子をかぶった髑髏が見える。
――さあ、エースの自慢の弟くんを拝んでみようではないか。


2014/01/29
私が知っているのは、君の笑顔だけ

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