29 悪魔を纏う

――夏島に到着した。今は夏島の中の季節では春らしいがそれでも十分暑い。私は探検に出かけようとするエースたちについて行くことにしたけれど、もう初っ端からやる気を失くしていた。
「あっつい……」
「そうか?」
白熊のフードをかぶり、黒の日傘を差した私と上半身裸で歩いているエース。どちらが熱そうかと問われたら十中八九私を指差す人が多いだろう。この暑い中でも平気そうにずんずん歩いて行く彼に私も遅れじとついて行く。
「エースはちょっとおかしい」
「お前だって十分おかしいだろ」
前の島のようには開拓されていない密林の中を歩きながらそんな会話を続ける。歩いている途中で私たちと同じくらい背の高い猛獣たちが襲ってきたが、私たちが通った後には皆その動物たちは平伏した。お供として持ってきた鬼切安綱――この前白ひげから貰った薙刀である――でばっさばっさと進むのに邪魔な植物を切り倒していく。
「おっ!見ろよ!美味そうなフルーツが生ってるぞ!」
「本当だー!やったぁ!」
がさがさと進んでいると目前に現れた果実の生る木に、私たちの目が光る。二人とも丁度喉が渇いていたのだ。これは良いところに現れてくれた。美味かったら船に持って帰ろうぜ!そう言う彼に大きく頷く。テンション高く走り出した彼に置いて行かないでよと後を追う私。
「おりゃ!」
どんっと実の生る木に飛び蹴りを食らわせたエース。中々衝撃は強かったらしく拳大の桃のようなフルーツが上から十数個落ちてきた。二人してそれを出来るだけキャッチしてさっそく食べることにした。彼はそのままかぶりついたが私は鬼切安綱で切ってから食べた。こんなことがジェフに知られたらきっと叱られてしまう。あとで綺麗に手入れしなくては。
「うめぇ〜〜〜!!!」
「うん!美味しいー!」
口に入れた瞬間広がる甘い果汁に二人して満足げな声を上げる。美味しい美味しいと私たちは喉が潤うまでそれを食べ続けた。帰って果糖の取り過ぎだってマルコに注意されそうだ、そう思ってふと果物から目を離して木を見上げる。
――ん?……んん?
ぼうっと見上げ続けていると何か見覚えのあるぐるぐるした模様が見えて、私は目をぱちりと瞬きさせた。三度瞬きしたがそれが消えることはなく、寧ろはっきりとしてくるものだから私はもう確信せざるを得なかった。
「エース!悪魔の実がある!」
「ん?何だと?」
ほらあそこ、と悪魔の実がある所を指で指すが、あまりにも高く果実や木葉が密集しているせいで彼には見えないらしい。、売ったら一億だぞ…ぼそりと呟いた彼にごくりと生唾を飲み込む。まさか、こんな大物に出会うとは出かけた時は思わなかった。自分でもよく分からない所有欲が芽生え始め、私は彼にちょっと待っててと言い、木を登ることにした。
「落ちるなよ」
「大丈夫」
するすると登っていく私に彼が声をかける。高さは別に問題ではなかったが、徐々に上がっていくにつれて密集していく小枝が邪魔だった。何度か顔を小枝で引っ掻きながらも、何とか悪魔の実がある所まで上り詰めた。腕を伸ばしてそれをぶちりと木からもぎ取る。だいたい、パイナップル程の大きさと見た目をしている。色は紫でぐるぐるとした訳の分からない模様が付いている。
「やった、悪魔の実だ……」
何の実かは分からないが、手にした瞬間何か得体の知れないものに心を奪われた。これを誰にも渡したくない。売るなんていう考えは私の頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。これは、私のもの。絶対に誰にも渡さない。
取れたか〜?下から声をかけてくるエースの言葉にうんと返して、私は木を降りて行った。


 早く、皆に見せたくて。居ても立ってもいられなくて私は走って船まで戻った。テンション高いなぁと言う彼のことは置いておいて私は息を切らしながら甲板に上った。
「見てこれ!悪魔の実!私が発見したの」
たまたまマルコやサッチがいる甲板で、皆に聞こえるように大きな声で叫ぶ。ドッド、と異様に心臓が騒いで訳もなく目が光った。どんな能力を手に入れられるんだろう。凄いじゃねぇか、俺にも見せてくれよ。そう言ってわいわい騒ぎだした男たち。だけど、その間を縫ってやって来た一人の人間――サッチの表情は何故か固かった。
「良いでしょサッチ!私が見つけたのよ」
……それ、俺に渡せ」
私の前にいた男をぐいと押しのけて、彼は真剣な顔でそう言った。何で、そんな顔するの?何で一言も褒めてくれないの?これは、私が見つけて取ってきた実だ。絶対、誰にも――それこそサッチにもマルコにも渡さない。渡したくない。
「な、なんでそんなこと言うの?これは私の物なのに」
「良いから、それはお前には必要ない」
彼の言い分に流石に周りにいた男たちからもブーイングが起こる。いくらサッチ隊長でもそれはないだろ。お嬢が可哀想だ。そう聞こえてくる言葉にそうだと心中頷く。これは私の物だ。
どうして彼が突然私の悪魔の実を欲しがったのか分からない。彼はいつも私には優しくて、心配してくれて、たまに叱ってくれるそんな人で、他人の物を無理やり奪おうとするようなタイプじゃないのに。それを分かっていながらも私は何故か無性に苛々して。彼も何だか苛ついているようだった。
「なら、ここは決闘でもしてみたらどうだい?」
突然輪に入ってきたマルコに私とサッチの目が向く。決闘?なんで私の物と決まっている物を巡って争わなくてはいけないのだ。そんなの必要ない、そう言おうと口を開いたのに。
「良いぜ。俺はそれでオーケーだ」
は俺が相手じゃ負けちまうかと怖いんじゃないのか?そう、彼が挑発的に笑って私を見るから。私はぐっと下唇を噛んで「良いじゃないの」と決闘を了承した。今までマルコたちに死ぬほど特訓を受けてきたんだ。私は成長しているんだ、サッチにだって負け無い筈。彼は私の成長過程を知らないからこんなことが言えるのだ。
「じゃあ決闘で決定だ。ただし、ルールを設ける。一、武器は無し。二、俺が今から描く円の中で戦うこと。その円から出た瞬間、そいつは負けだよい」
ルールはそれだけだ。そう言って半径3メートル程の円を描いたマルコにうんと頷く。周りにいた男たちは私たちの邪魔にならないようにそそくさとその中から退いて端に寄った。少し離れた所にいる白ひげが、どこか暗い顔をしているようだったが、私は目の前のサッチを見据える。
「かかってこいよ」
「……分かった。じゃあ遠慮なく…!」
円の中心よりは外側にいる彼に向かって駆ける。私は全力で向かうつもりだった。いくら私が成長したと言ってもまだ私は伸び途中。サッチがどのように肉弾戦で戦うのかを全く知らないのだから全力で向かわなければ負けてしまうかもしれない。
だから、彼に向かって思い切り拳を付きだした。風がごう、と唸る。
「くっ…」
「……」
しかし彼はそれをすんでのところで避けて体制を崩した。しめた、このまま彼の腹を蹴れば彼は円の外に出る。だんっと力強く軸足を踏み込んで、私はその勢いのまま彼を蹴り上げようとした。
「甘かったな」
「え?」
だけど、いつの間にか私は後ろにいたサッチにとん、と背中を押されてよろめき円の外へ足を出してしまった。
――わあっと上がる歓声。
何で、どうして。私が勝つ筈だったのに。
「勝者はサッチだよい。、悪魔の実はサッチのもんだ」
「…………やだ…、だって、これは……」
勝者の権利として悪魔の実を手にしたサッチ。嬉しそうにニッと笑っている彼の顔を見た瞬間、とてもくやしくなった。
――私は全力で向かって行ったのにサッチは本気を出してない!戦ってないじゃない!どうして私の物だったのにサッチに取られなくちゃいけないの!?ずるい!――ずるい!!!
「そんなのズルだよ!だって――」
、決闘を覆すことは出来ねぇ。それは分かってんだろい?」
はぁ、と溜息を吐いたマルコ。そんなの、重々分かっている。だけど、だけどどうしても受け入れることが出来ない。わなわなと震える身体。ぎゅっと拳を握り、唇を噛み締める。どうして、サッチは私の物を横取りするの?私が苦労して取ってきた悪魔の実なのに。サッチは何も苦労していないのに。私の幸せが俺の幸せだ、なんて言ってたのにとんだ嘘つきじゃない。
ふつふつと彼に対する恨みが溢れて、目頭が熱くなる。
、悪――」
「サッチなんて嫌い……大っ嫌い!!!!!」
頬を伝う熱い涙を拭うよりも、私はサッチの顔に思い切り平手打ちをかまして自分の部屋に向かって走り出した。走り去る直前に、「はぁ……」と憂いを帯びた溜息が聞こえた気がする。それでも私は足を止めなかった。
――悔しい。許せない。どうして、どうしてサッチは私に意地悪するの。
悲しくて、悔しくて、次から次へと怒りが込み上げてきて、それを抑える術が無かった。近くにあった丈夫な手すりを怒り任せに蹴り飛ばせばバキィッと折れて、残骸が海へと落ちていった。
漸く着いた自室に入って戸を閉めた。薄暗い部屋の中には、私一人。
「サッチなんて嫌い……」


2013/12/05
君の為なら俺は悪になる

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