27 Extinguish the spark

 今日はいつもと違ってのんびりと過ごすことが出来る時間があった。トレーニングを早めに切り上げたマルコはどうやら白ひげから進路について呼ばれているらしい。
「敵船だー!!!」
ふと、見張りの男が前方を指差してこれから来る戦いを知らせた。その声は他の船員たちの耳にも届いたのかざわめきが大きくなる。どうやら相手の船はこちらが白ひげの船だと分かっていても進路を逸れる様子はないようだ。
久しぶりの戦いに男たちはこぞって喜んだ。このままじゃ腕が訛っちまうからな。そう言った四番隊の男は隊長に知らせてくらぁ!と意気揚々と走っていく。
「戦いか……」
私は今まで一度も敵船と戦ったことがない。めったに白ひげの船を相手にする輩が少ないのも理由にあるが、決してマルコやサッチがそれを許すことがなかったから。力が無かった頃の私はいつも彼らの戦いを見ているか、どこか別の場所で隠れているかだった。
「おい、!」
「あ、イゾウ」
不意に呼ばれた名に振り返ると、そこにはイゾウがいた。彼はぽんと私の肩に軽く触れてマルコが呼んでたぞ、という。
「マルコが?」
「ああ、甲板にいるっつってたから早く行け」
彼が私を呼んだ理由は分からないが、わざわざイゾウが言伝をしてくれたのだ。とりあえず甲板に向かわなくては。ありがとう、と彼に手を振ってその場を離れる。ここから甲板は遠くないからすぐに彼の顔を見つけることが出来る筈だ。
白ひげの傍で立っている彼を見つけて、たたたと走り寄る。
「お、。イゾウから聞いたかい?」
「うん。どうしたの?」
彼を見上げれば、一拍後に彼から一振りのナイフを渡された。金属の重みが手に馴染む。どういうことだと彼を見つめると彼は口を開いた。
「お前もそろそろ戦いの場に出ても良いかと思ってなぁ。トレーニングも大切だが場馴れも同じように重要だからねい」
「ほ、本当?」
彼の言葉に思わず顔がほころんだ。だって、戦いに出ても大丈夫だと思えるほど力が付いた、と言われているようで。彼に少しでも認めてもらえたのかと思うと嬉しくて、私はすぐにでも自分がどれほど成長したのかを知りたくなった。
「良いかい?お前はあくまで戦場の空気に慣らすために出すんだ。調子乗って危なっかしいことすんなよい?」
「うん!」
彼の注意にきちんと頷く。徐々に上がり始めた鼓動を落ち着かせるように深呼吸を二、三回した。どうやら今回は一番隊と二番隊が出陣するようだ。私にとっては初陣となるこの戦いで周りが気を利かせてくれたのかもしれない。
「よっしゃぁ!!暴れるぞ!」
「馬鹿野郎。お前と違ってこいつは初陣だよい。余計なことをさせるな」
少し離れた所にいたエースがこちらにやって来て、がしっと私の肩を掴んだ。はぁ…と呆れたような溜息を吐いたマルコが彼に軽く蹴りを入れる。これから戦いだというのに、私にとっての日常があってどことなく緊張していた気持ちが解れるようだった。
もう相手の船は目の前にまで迫っている。あちらでも戦闘準備が万端な様子が分かる。ドォオン!!と相手から大砲が撃たれる音がして戦闘の火蓋が切って落とされた。
キィインと刀で弾を切った二番隊の男。それを見てエースが負けてられねェなァ、と火を纏って敵船に飛びこんでいく。その後をマルコが追って、次々に男たちが相手の船へと飛びこんでいった。私も負けじと甲板を蹴って、数メートル下にある敵船へと飛んだ。
だんっ、という着地の音を響かせすぐさまナイフを構える。普段肉弾戦を主に教えられてきたが、ナイフの使い方もきちんと教わっていた。周りをぐるりと見渡すが、今のところ私の出番はなさそうだ。皆楽しそうに敵を倒していく。
パン!パン!と銃声やきんぞくがぶつかり合う音が響く中で、一人の青年と目がかち合った。彼は私と同じ年頃のようだ。私と同じように戦闘からハブられていたのか手持無沙汰の様子でおろおろとしていた。しかし、私と目が合ったと同時にその様子が消えた。お互いにお互いを敵と認知した目だ。
無意識に口角が上がる。やっと、自分の力を試せる。
「オラァ!」
「がはっ」
目の前でもつれ合っていた男たちがいなくなり目の前が開けた瞬間、私たちは走り寄ってナイフと剣を交えていた。キインッと刃先がぶつかり火花が散る。私が先頭を開始したことを周りの男たちは敏感に察して、私の邪魔にならないように敵を寄せ付けないようにしてくれているのが分かった。皆が、初陣の私を気にかけてくれている。
「てめぇみたいなガキがいるとはな」
「お互い様でしょ」
一度離れた状態で互いを観察する。どうやら相手の青年は私が女で子供という外見をしているせいで多少油断しているようだった。しかし容赦する気は無いのか、間を開けずに私へと飛びかかってくる。しかしその動きは日頃マルコたちのスピードに慣れている私の目にはゆっくりと感じられた。
切りつけられる剣をするりと躱して彼の腹部に蹴りを入れた。力んでしまったせいか彼は呆気なく飛んで船室を大破して中に転がった。ガシャァァアンッと大きな音を立てていなくなった敵に力の加減が分からなかった、と反省をする。しかしまだ彼がどうなっているのかを確かめていない。この程度ではきっとまだ起き上がれる。
私はそう結論付けて大破した船室の中に足を踏み入れた。木片を踏みながら、数メートル離れた所に転がっている彼の元へと近づく。やはり彼はその程度の攻撃ではまだ立ち上がれるようで、えずきながらも何とか剣を構えている。
「何だよ、てめぇ…」
「何って、あなたの敵だけど」
すたすたと彼に近づく度に徐々に私の鼓動は大きくなっていく。なんでだろう。何も怖いことなんてないのに。私の方が明らかに有利だ。
甚振る気はない。ただ、自分の力を試したくて。私はナイフをベルトに挟んで一瞬にして彼の間合いに入り込んだ。下から彼の顎に拳を入れる。今度は加減できた。おかげで彼は目を白黒させて床に倒れ込んだだけだ。焦点が合わない様子で床に転がっている彼を見下ろす。
「(良かった。私ちゃんと成長してるんだ…)」
ほう、と息を吐いてマルコたちのもとに帰ろうと足を動かす。彼の命を取るつもりなんてなかったから。まだ、私と同年代だろう彼を別に殺す必要もない。
「おい……、待てよてめぇ…」
しかし、カチャリと音がして振り返る。私の目に入ったのは、立ちあがった彼が剣ではなく銃を構えている姿だった。
――銃。それを見た途端どくりと心臓が大きく脈打ち、瞳孔がぎりぎりまで開く。まるで全てがスローモーションだった。
彼が引き金を引こうと指をトリガーにかける。そうなる前に私は全身の筋肉を総動員して彼の目前まで走った。左手で銃を弾き飛ばし、その勢いのまま彼を床に押し倒した。右手でナイフを引き抜く。全てが無意識の行動だった。命を狙われた動物が本能的に敵に襲い掛かるのと同じように、私はただ本能に従ってナイフを彼の首目掛けて振り下ろした。
「死にたくない」
彼がそう言葉を口にしたわけではない。だけど目が語っている。絶望と恐怖に見開かれた双眼。そこに殺意を迸らせる私が映っている。彼が感じているのは、ただひたすらに恐怖。死にたくないと、生を願う――しかし突き落とされる絶望が色濃く表れたその瞳。
私は動きを止めることが出来なかった。その双眼を真正面から見返しながらも、私は命を脅かした標的を排除するまでは止まれなかった。
――ブシャァアと勢いよく血が噴き出す。顔や服にその温かな血が飛び散った。
「はぁ…っ…はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
荒い息遣いが静寂とした船室に響く。青年は暫くびくびくと痙攣して動かなくなった。はぁはぁという自分の荒い息は収まらない。逆にどんどん大きくなっているようだった。
「あ、あ……あ…」
がたがたと震える手からナイフがからんと落ちる。顔を拭うと手の平に鮮血が移った。
――違う、違う。殺そうとしたわけじゃない。殺意を持っていたわけじゃない。なのに、彼に銃を向けられた瞬間、勝手に身体が動いた。怖かったのだ。彼と同じように私も死ぬかもしれない恐怖に襲われた。嘘だ、そんなの言い訳でしかない。彼を殺したのは間違いなく私だ。これは逃れることは出来ない。私が、彼を殺したんだ。
!!何してるんだよい?」
「ま、マルコ……」
床に座り込んでいる私に、外からやって来た彼が焦ったようにやって来る。へたりこんだ私と、すぐ側で息絶えている青年を見た彼はすぐに事情を察したのか、私の肩に手を置いた。
「もう戦いは終わったよい。帰るぞ」
「で、でも…」
未だ息が整っていなく、青年から目を離すことが出来ない私の瞳を、彼はそっと大きな手で覆った。
「帰るよい」
「マルコ……」
ぐったりと力を失った私の身体を軽々と抱き上げて彼は外へ向かった。
それからのことはよく覚えていない。船に戻るとどうしたんだとやって来たサッチやアリシアに何かを言われた気がするけれど、私は住み慣れたマルコの部屋のベッドに下ろされた瞬間意識を手放した。


 ぱたん、と静かに扉を占める。血で汚れた様子の彼女を綺麗にして寝かせてやったのは良いが、ちっとも気持ちは晴れない。床にへたり込んでいる彼女を見つけた時は怪我でもしたのかと焦ったが、彼女には怪我一つもなかった。それは良い。良いのだが、初めて人を殺めたショックが余りにも大きすぎたのだろう。過呼吸に陥りかけていた彼女をあやすのには苦労した。
「こればっかりは……なぁ…」
助けてやりたい。彼女の心を楽にしてやりたい。だけど、それは出来ないのだ。これは、孤独な戦いだ。俺も初めて人を殺した時は心底恐ろしかった。だけど、何度も何度もそんな場面を切り抜けてきて今の自分がある。この感覚を好きになれとは言わない。むしろ、そんな人間になってほしいとは思わない。しかし、こればかりは克服するしかない。
人の助けを借りるのではなく、自分で解決しなければいずれ罅が入りそこから彼女が壊れていく。だから、彼女は自分で納得する答えを見つけなければならないのだ。
……頼むよい。壊れるな…」
きっと、彼女は俺と同じように始めて殺した相手の顔を一生忘れられないだろう。可哀想に、俺はそんな彼女に手を差し伸べることも出来ないのだ。
――どれだけ悪夢を見ても良い。彼の死がその身に纏わり付いても良い。俺が、その度に救い上げるから。だから、だから。どうか、

闇に落ちるな――。


2013/11/1
私を責める、その瞳。

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