26 赤を持つ者

 ちゅんちゅんと小鳥の鳴く声がする。カーテンを引いていなかった窓からは朝日が差し込み、それがの白い肌を照らした。

二人は7時間程前に目的の島――オルガ島に着いた。宿を探し終わってそれぞれの部屋に入った頃には最高潮だった眠気のおかげか翌朝まで目を覚ますことなく眠り続けていた。
「んん……」
眩しい光に目を覚ました彼女は数秒間ベッドの上でもぞもぞと動いた後にむくりと起き上がり、光を射しこんでくる窓にカーテンを引いた。薄暗くなった室内にほっと溜息を吐いて身支度を始める。きっと隣の部屋で寝ているエースはまだ起きていないだろうから早く仕度をさせなければ。わざとゆっくり進んでいるパパたちだってあと一日でこの島にやって来る。
赤髪と白ひげが接触することは避けなければならないことは、説明されなくとも理解している。出来るならさっさと行って退いてもらいたいという気持ちが強い彼女は着替えが終るとすぐに部屋を出て、隣の部屋をノックした。
「エース、もう朝だよ。早く赤髪さんとこに行こう」
しかし返事がない。はぁ…と溜息を吐き、鍵がかけられていないノブを回して中に入る。なんて不用心なことだろう。
窓際にあるベッドに鼾をかきながら寝ているエースを発見した彼女は足音を隠そうともせずに彼に近づいた。
「エース。朝」
「んむむ……」
ゆっさゆっさと身体を揺らしても起きる様子のない彼。仕方ない、少々手荒だが許してもらおう。そう心中呟いた彼女はベッドの上からエースを蹴り落とした。ガッという大きな音が鳴り、次いでどしんっと床に彼の身体が落ちる音。
「いてて…朝から何すんだよ!!」
「さっきから優しく起こしてるのに起きないエースが悪い」
まだ眠そうな顔でむっとしている彼に、ほら早く仕度してと手を二回叩く。そんな彼女の様子に彼は仕方がねェな、と小さく呟いて――この呟きは鋭い五感を持つ彼女には余裕で聞き取れた――仕度を始めた。しかしそれと言って彼がする仕度など無かったからか、二分で終わってしまった。結果的にそれは彼女の機嫌を良くすることになったのだが。


「なぁ、シャンクスの船ってどこらへんにあったんだっけ?」
「私たちが到着した港から東に5キロ程歩いた所だったと思う。窪んだ入り江が確かすぐ側にあったよ」
日傘を差しながら歩くこと数十分。昨晩のうちに空を飛んで赤髪のいる場所を確認していた私は、彼の質問に答える。ふうん、と頷いた彼は私を置いてたたたと走ってあれじゃね!?と海賊旗がはたはたと揺らめいている船を指差す。
「あっちょっと待ってよエース」
私に聞いておきながら既に自己完結している彼はそのまま私を置いてその船に走っていく。全く、待ってくれても良いのに。そんなにシャンクスさんに会えるのが嬉しいの。
「おーい、シャンクスー!!俺だ、エースだよ!!」
「早……」
私を置いてさっさと船に大声を上げている彼。時刻はもうすぐ11時になるが、それでも海賊というものは明確に起きる時間など決められていない。それに彼は船長であるからまだ他の船員たちよりゆっくり過ごしているかもしれないのだ。エースのことを知らない船員が出てきて攻撃なんてされなきゃ良いけど。
しかし私の想定とは違って、彼はゆっくりと現れた黒の長髪の男と何やら親しそうに話している。
「久しぶりだな、エース」
「おう!今日はオヤジの使いで来たんだ。シャンクスはいるか?」
波の音が大きい中でも彼らの会話は聞こえる。走ることもせずゆっくりと歩いていた私は漸く彼らの元に着いた。
「私がいないのに何勝手に挨拶してんの」
「あ?良いじゃねぇかそれくらい」
歩いてきた勢いのまま彼の腹部に肘鉄を食らわせるけど彼は全く気にした様子もなくにかっと笑う。その様子に元々そこまで気にしていなかった私はまあ良いかと船の上から見下ろしてくる黒髪の男を眺めた。年は大体四十後半といったところだろうか。
「その嬢ちゃんは?」
「こいつ?うちの末っ子のだ」
「ちょっと、私の方がエースより古株なんだけど」
煙草を吹かしながら尋ねた彼は、私たちの会話にふっと笑った。彼からしたらどちらが末っ子でも変わらないのだろう。彼はちょっと待ってろ、お頭を呼んでくるから。そう言って船の奥に消えていく。
少し待っていると、日光で余計に明るく光っている赤髪の男が現れた。左目に三本の傷が付いている。あれが、赤髪海賊団の船長か。
「おー!!エース久しぶりだな!その隣にいるのはお前の彼女か!?」
「ちげぇよ!こいつは俺の妹だ!!」
日傘なんて差してお前には勿体無いくらい随分と上品な嬢ちゃんじゃねぇか!!そう言って笑う船長――シャンクスに私はなんて気さくな人なんだと驚く。話には聞いていたけどここまでフレンドリーだとは。
「とりあえず上がれよ。宴会だ!!」


わはははは、と大きな笑い声や、ビールが入った樽がぶつかり合う音が響く。私たちは今レッドフォース号の甲板の真ん中で宴会の主役として招かれていた。
「でさ、あん時のはそりゃもう面白かったんだ」
「ちょっとエース!!その話まだ続けるの!?」
余程シャンクスと再会したことが嬉しいのか、べらべらと頼んでもいないのに私の失敗談を話すエース。それに突っかかるが、彼は全く気にしないでビールを片手に私の肩をばんばん叩いた。うっ、エース酔ってる。
しかしそうやって彼が話題にしてくれたおかげでこの船の人達と打ち解けたのも事実。最初に会ったベン・ベックマンや大きな肉に噛り付いているラッキー・ルウ、射撃の名手だというバンダナをしているヤソップ。船長の身近な所にいるこの人たちの名前は時間がかからずに覚えることができた。なんて言ったって、構うなと言っても押し倒す勢いで構ってくるこの大人たちを覚えられない方がおかしい。
「そういやは手配書にLILYって書かれてたな。吸血鬼なんだろ?こんな日光の下で大丈夫なのか?」
ふと、軽く言葉を投げかけてきたシャンクスによってこの場は「ええええええええええええええ!!!!???」という叫び声で埋まる。あまりの声の大きさに敏感な鼓膜が破れるかと思った程だ。どうやら発言した本人はそれがそんなに重要なことだとは思っていないようだった。しかし、その発言を聞いた周りの反応。
やはり吸血鬼は人から忌み嫌われる存在であるようだ。ベックマンはこの場を唯一冷静に眺めていた人物だった。
「おい!じゃあ早く室内に入った方が良いんじゃないのか?」
「えっ」
「そんな日傘じゃもたねぇだろ?ほら、こっちだ」
「あっ…、ちょっと!」
きっと恐怖か蔑みの目で私を見るのだろう、そう思っていたのに彼らは違った。寧ろ私が日の下にいることを心配して進んで船内に連れていこうとぐいぐいと手を引く。行く先は食堂であるらしい。しかも一人だけってのは可哀想だから、と他の男たちまでぞろぞろと私たちの後ろを付いてくるではないか。呆気にとられて口を閉じるのを忘れてしまった。
「すげぇな、まさか生きてるうちに吸血鬼を見ることができるとは!」
「エースがを連れてきてくれて良かったぜ」
目を白黒させている私を囲んで男たちがわいわいと盛り上がる。暫く放心して会話に口を挟むこともできなかったけど、どうやら彼らは私のことを怖がっていないようだった。むしろ子供のようにきらきらした目をこちらに向けてくる。
「吃驚したか?
「え、うん」
「うちの奴らは人種なんて気にする奴らじゃねぇ。まぁ好奇の目で見られはするだろうが、悪い奴らじゃない」
私の横に腰を下ろしたシャンクスが周りを見渡しながらそう言う。私はその言葉に素直に頷けた。きっと、船長のこのおおらかな心があるから船員の皆もこうやって広い心を持っているのだろう。
にかっと笑ったこの人の人柄が理解できて、私も自然と笑顔になる。良い海賊団だなぁ。


「おい、お前たちもう帰るのか?」
「ああ、いつまでいてもシャンクスたちが出発できないだろ?」
船から降りた私たちは、その上にいるシャンクスたちを見上げる。彼は確かにな、と言って笑った後出航の準備を仲間たちに命令していた。
!エース!また宴会しような!!」
準備が整いこの島を離れだした船から、シャンクスと他の男たちも身を乗り出して手を振る。私とエースはそれに手を振りかえして笑った。まるで少年みたいだね、と。


 彼らが出航してから5時間後、白ひげ海賊団がこの島に到着した。ホテルで待機していた私たちと距離が近くなったことで通じるようになった小型電伝虫から連絡が入ったのだ。
、ちゃんとあの小僧を出航させてくれたようだな』
「パパ!うん、宴会開かれちゃったよ」
まさか直接パパから連絡が来るとは思っていなかった私は吃驚したが、上出来だと褒められて嬉しくなった。えへへ、と頬を緩ませていると隣にいたエースが「パパ」という言葉に反応して私の手から受話器を取り上げた。
「オヤジ!俺もちゃんと活躍したからな!!」
『グララララ、分かってるさ。二人とも良くやった』
急に白ひげとの会話を切られた私はむっとしたが、私と同じように彼に褒められて嬉しそうにしているエースを見ていたらまあ良いかと思えた。皆白ひげに褒められることが大好きなのだ。
ログが溜まるのは4日間だからそれまで自由行動を許された私たちはやったー!!と二人して喜んだ。


2013/09/28
世界は広いと、少女は知る。

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