25 黎明とともに

 一に特訓、二に特訓、三に特訓…そんな生活を続けてきた私はとうとうテレパシーを使えるようになり、また猫だけではなく鳥にまで変身できるようになった。猫に比べたら飛行力が必要なそれはまだまだ特訓が必要な段階だけれど、初めて空を飛んだ時は飛ぶということがこんなに素晴らしいものなのかと感動した。まるで、初めて海で泳いだときのような高揚感。指導係としてアリシアが共に来てくれたけど、マルコの飛行と勝るとも劣らずといった具合で。私も早く二人みたいに上手く飛べるようになりたいなあ。


そんな私に初めての仕事が舞い込んだ。白ひげ直々に、次の島の偵察をエースと共に行き、現在その島に停泊しているらしい赤髪海賊団になるべく早く港を出るように交渉することを申し渡されたのだ。夜目が利き、鳥になれるというのが今回私がエースと共に偵察へ出かけられる理由だ。エースが選ばれたのは昔赤髪海賊団の船長に会ったことがあるから他の者に比べたら争いを起こさずにすむという配慮からだろう。私は今まで雑用しかやったことがなかったからそれはもう喜んだ。いつも誰かに付き添われていた私が、たった二人で偵察しにいくことを許されたなんて。
出発は今夜。夜のうちに出れば日の光をあまり浴びずに島へ着くことができるから。今はエースの部屋で、持っていく物を最終確認中だ。
「ばか、お前。遠足じゃねーんだからお菓子なんて持ってくな」
「エースがお腹空くと思ったのに」
「なんだ、なら仕方ねぇ」
小さ目のリュックサックに地図とエターナルポースと夜食、日傘を入れていく。彼はほとんど持っていく物がないのか、とりあえずメシだメシ。とお腹が空いた時用の食料を詰め込んでいる。それは私にしてみれば一回の食事の四倍で到底食べられない量だが、彼にしてはこれでも少なくした方であるらしい。


 さて、と腰を上げた彼にもう行く?と問いかける。そうすれば彼はあんまり遅くなってもお前眠くなるだろ?なんて子ども扱いをしてくるから――実際そうなのだけど――そんなことない、と若干むっとした顔を返した。
リュックを背負って部屋を出る。モビー以外で泊まるなんて久しぶりだな、なんて少し高揚した気持ちが現れてきた。
意気揚々と歩く彼に同じように期待を露わに廊下を歩く私。甲板に着くともう既に濃紺に包まれた空と数人の近しい者たちが出迎えた。
その人物たちは、白ひげ、マルコ、サッチ、アリシアだ。船首の近くに白ひげが座って、私のことをにっと笑って見ている。私は同じようにそれににっと笑みを返した。
しかし、何やら神妙な顔付きでこちらへと歩み寄ってきたアリシアにその笑みが消える。
様、考え直してはくれませんか…?」
「もう…。変わらないから。アリシアは心配性だなぁ」
実は、彼女はこの話が持ち上がった時から二人きりでモビー・ディックを離れる私の身を案じていたのだ。エースが強いのも、私が徐々に成長してきていることを知っていても彼女は私が彼らから離れて行動することが怖いらしい。万が一のことがあったら…そう言う彼女に心配のしすぎと返す。
今更彼女にどう言われたって私はもうこの任務をやり遂げると決めたのだ。必ず帰ってくるから。そう、まだ何か言いたげな彼女の腕を叩いて、彼女の傍を通り抜ける。
「気を付けて行って来いよい」
「エース…分かってんだろうな…」
「ああ、分かってるって!」
マルコ、サッチ、エースの三人が何やら会話を展開させている。サッチは、たぶんお前の捕えている意味とは違うと思うんだがな。そう呟いている。その意味は私にもエースにも分かっていないようだ。分かっているのはきっと私たち以外の四人だろう。
、エース。あの赤髪のボーズに早く退くように言って来い」
「うん!」
「任せろよオヤジ!ちょっくら頼んでくるから」
じゃあ行ってくる。そう二人して彼らに手を振って海に浮かんでいるストライカーに飛び乗ろうと手すりから身を乗り出す。先にエースが飛びおり、揺れが収まってから私がその隣に飛び降りた。
ぐらり、と揺れる船に海に落ちそうになる身体。咄嗟にエースの腕を掴んで事なきを得た。
様!やはり私が代わりに…!!」
「アリシア、二人を行かせてやれ」
手すりから身を乗り出した彼女の心配そうな顔。しかし、その背後から響いた白ひげの言葉に彼女は何故と問いかける。彼はその問に答えを返すよりも先に、良いから行けというように、私たちに向かって大きな手を振った。
「行ってきまーす!」
様!!」
咎めるような彼女の声が後ろから響くが、そんな彼女の声をかき消すようなストライカーの水上を走る音が私の鼓膜を揺らす。エースが足の部分を轟々と燃やし加速するストライカーから振り落とされないように、私はそれに掴まった。


「何故、様たちだけで行かせたのだ」
「アリシア、お前には分かってねェことがある」
二人がストライカーに乗ってみるみるうちに小さな点になっていくのを苦々しい思い出見つめていた彼女に、白ひげは真っ直ぐな瞳を向けた。彼女は真っ向からそれは何だというように怪訝な目を向けている。傍にはマルコとサッチがいるが、この二人は会話に入る気はないのか、腕を組んで手すりに寄りかかっていた。
「あの娘は、生まれた時からずっとこの船の中だけで生きてきた。あいつにとってはこの狭い船があいつの世界だ。だが、世界はもっと広い。あの娘はそれをもっと知っていかなきゃならねぇ」
「……しかし、それで万が一様に何かがあったら…」
白ひげの言うことは正しくて、彼女がもし親が子を思う気持ちというものを考えてみたらこういうことなのだろうと理解することが出来るだろう。しかし彼女にはそれ以上に、を、吸血鬼の王を失うことの恐怖が強すぎてその気持ちを完全に理解することは不可能だった。
も伊達にお前たちの特訓を受けてきたわけじゃねぇ。それはお前らが一番知っている筈だ。あの娘は、いざとなったら一人でも危機を乗り越えるだろう」
何しろ、あいつには周りの人間を引き寄せる力がある。愛さざるをえない、そういう娘なのだ。心中でそう呟いた白ひげを知ってか知らず、彼女は白ひげを信じることに決めたのだろう、大きな溜息を吐いて頷いた。
「御身が無事であらんことを……」


 ストライカーで進み始めてから約一時間。私は今鷹になってエースの頭上100メートルあたりの所を飛んでいる。目的の島はとても大きく、遥か彼方にあるのに、私の視力と相まって地平線の彼方に点として存在していた。
私は彼より少し先を飛んでいるから私がこのままあの島に向かい続ければこの広大な海で迷子になることはないだろう。エターナルポースもいらなかったなぁ。
それから3時間程飛び続けただろうか、流石に疲れ始めてきた。私はまだ飛び始めたばかりでいつこの変身が解けるとも分からない。それに、もう既に島は彼の位置からでも見えている筈だ。余裕を持って今のうちにストライカーに戻った方が良いだろう。そう判断して徐々に降下してエースの所に戻る。
「お、疲れたのか?」
すーっと戻ってきた私に彼が顔を上げる。私はそれに頷いてエースの足元にふわりと降り立った。何度か羽ばたきをしてせいで彼の足に羽が当たり、いてっと言われたがまあそれくらい良いだろう。
「もう見えてきたね。このまま行けばあと二時間って所かな?」
「そうだな。だけどもう腹減った。ご飯食おうぜ」
徐々に足から放出する炎を無くし、彼は座り込んで荷物の中から大量の食糧を取り出す。私もお腹が空いていたので彼の前に座り、食事をすることにした。主にサッチが作ってくれたサンドイッチやクッキーなど。それらをぱくぱくもぐもぐと咀嚼しながら彼との会話を楽しむ。
「シャンクスとは一度会ったことがあるんだ。ルフィの命の恩人でな、スペードの海賊団の時に挨拶をしに行ったんだ」
「へぇ、どんな人なの?」
彼がまだ白ひげ海賊団に入る以前の話。それは聞いていてとても飽きない。シャンクスは朗らかで気の良い奴なんだ。突然押しかけた俺たちに宴会を開いてくれたんだよ。そう目をきらきらさせながら語る彼に、うんうんと相槌を打つ。
四皇にしては朗らかな彼の話で盛り上がった。やっぱりシャンクスもルフィのことを手のかかる奴だと思っていたらしい。そう言う彼にあははと笑う。ルフィには会ったことはないけれど容易く想像が出来て、一度会ってみたくなった。
彼から聞くシャンクスという人物像のおかげで、これから交渉しに行く相手だと思うと不安よりも期待の方が高まる。白ひげと同じ四皇の一人なのだ、少なからず緊張していたのだが彼の話を聞いたからか、少しその緊張が解れた。
「さて、飯も食ったし行くか」
「うん」
口元に着いた食べかすを指で拭った彼が立ち上がる。


2013/09/16
こうして二人はまた進みだす。

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