24 君の成長を愛しく思う

 朝、目を覚ましてふわぁああと大きな欠伸を一つ。ごしごしと目を擦って時計を見るとまだ7時だった。なんだ、俺にしちゃァ早く目が覚めたもんだ。早起きは三文の得だと言うし、今からメシでも食いに行くか。
そう思ってベッドから降りる。カチャカチャとベルトを締めてブーツを履く。
ばたんと扉を閉めて食堂への道を歩む。海に反射した朝日が眩しかった。うう、と目を細めながら食堂の扉をくぐる。
「おう、はえーなエース」
「はよー。何か目覚めちまったからよ」
食堂に入ると、料理長がヘラヘラ笑いながら話しかけてきた。彼は俺の皿の中に大量に料理を入れてくれる。この船に乗った頃は周りの奴らと同じ量だったのに、今では俺の大食らいを知っているが故だ。
最後に俺の好きな特製ダレに付けた焼き肉をご飯の上に乗せてくれた彼にサンキューと言う。手は振れないので代わりににかっと笑って彼の元から去り、何処に座ろうと視線を彷徨わせた。
「あ、」
ふと、少し離れた所に一人ぽつんと座っているストレートの金髪を見つけて俺は小さく声を上げた。そのまわりには人はおらず、空席が円になっていた。丁度良い、アイツの所に行って食うか。
足音を隠す必要もないのでどかどかと彼女の元に進む。大量の料理が乗った皿を彼女の前に置いて、俺はどかっと腰を下ろした。
「はよー、アリシア」
「…おはよう。今日は早いんだな」
返ってきた言葉に思わず目を丸くする。彼女は俺が話しかけても大抵無視をするか一言で済ませるのが常だったのに、今日は二言も話した。てっきり、嫌々ああと頷くだけでいるかと思っていた俺はまじまじと彼女の顔を見てしまった。
「お前どうしたんだ?」
「…何がだ。別に、どうもしない」
彼女を見つめている俺のことを、彼女は不機嫌そうに眉を寄せて見た。ふん、と鼻を鳴らして食事を再開した彼女に、珍しいこともあるもんだと考えた。今日は機嫌でも良いのかな。
ぱくぱくと食べていると、彼女はもう食べ終わり空になった食器が乗ったトレーを持ってかたり、と立ち上がる。
「じゃあな」
「ああ、また」
フォークを持っていない方の手でひらひらと彼女に振れば、彼女は振り返って小さく頷いた。その姿にまた食事の手が止まる。彼女はそんな俺を放っておいてすたすたと食堂から出て行った。いやぁ、本当に今日は不思議な日だ。空から槍が降るかもしれねぇ。


 資金調達のための宝探しから数日が経過した。私はここ数日アリシアと会っていなかった。マルコやエースたちとの特訓や、他にも仲間たちに引っ張りだこにされて彼女の元に行く暇が無かったのだ。
アリシアの心の変化に気付いたのはそれから数日経ってからだった。最初は何か彼女の機嫌が良いからクルーたちに対して挨拶をしているのかと思ったが、そうではなかったようだ。彼女はそのことに対して私には何一つ言わなかったが、暫く時間を共にしてきた私は大して時間を要さず彼女の心の機微に気づくことができた。
「ねえ、アリシア…」
「はい、様」
彼女が私意外のクルーに挨拶をするようになってから二日後、私はとうとう我慢出来ずに彼女の変化を指摘した。嬉しかったのだ。専ら人間を忌み嫌っていた彼女が徐々に心を開き始めたことが。最近の私の心を占めていることといえばいかにすれば彼女がこの船の皆から受け入れられるか、というものばかりだったそれは彼女にとっては余計なお世話かもしれないが、そのままにしておくのが嫌だったのだ。だけど、彼女が挨拶をするようになってからちらほらと彼女に嫌な顔をする者が減った気がする。
「私が人間を恨む気持ちはまだ変わってはいませんが、この前の出来事で私の認識が当てはまらない者もいることを知ったのです。」
だから、一人の人として彼らに接してみようと……徐々に小さくなっていく彼女の言葉に、私はそうなんだと返した。彼女は照れ臭いのか眉を寄せて頬をぽりぽりと掻いた。ああ、彼女もそうやって自分の中の憎しみとは関係なしに彼らと接することが出来るかもしれない。


トレーニングは日に日に厳しさを増してきた。初めは280キロだったリョウコウ石の重りも徐々に重量を割り増しされて、今では両腕、胴体、両足首に各々90キロの重りを付けられている。その状態のままマルコやエースと戦ったり、筋トレをしなくてはいけないため毎日トレーニングの後は汗だくでへとへとな状態でベッドに倒れこんでいた。
マルコはきっと出来るだけ早くむらっ気のある私の実力をあの賞金額に相応しいものにしたがっている。その気持ちは私も一緒だから、どんなに一方的に攻撃を食らっても文句を言わずにそのトレーニングを続けてきた。今や私の身体には打撲傷や獣化したマルコの脚で思い切り蹴られた太刀傷のようなものでいっぱいだ。それは唾をつけたり吸血鬼の治癒力で、1日程度で元通りになるが、生傷絶えないこの状況がいつまで続くのだろうと気が遠くなる時もしばしばある。だけどこれも全ては自分の為。強くなって、皆に迷惑をかけないように、そして自分自身で身を守れるようにするためなのだ。そう分かっているから、このやり場のない不安をどう消化すれば良いのか分からなかった。そんなことも理解できないような子どもであったら、もう少し気楽に考えられたのだろうか。


――アリシアの心が変化し始めてから一か月。毎日トレーニングばかりしていたにとってはその日数はあっという間の出来事だった。何かいつもと変わったことがあっただろうかと記憶を遡ってみてもマルコに伸されたことや、エースに火傷を負わされたことしか思い出せないのは仕方がないだろう。
そんな彼女にとって、今日は唯一トレーニングから解放される日であった。今日は彼女が待ちに望んでいたアリシアの歓迎会なのだ。本来なら彼女が乗船した時点で歓迎会は開かれる筈だが、彼女の初対面の印象があまりにも悪かったせいで、全くそのようなことをしようという輩がいなかった。しかし、ここのところ彼女が以前よりもクルーたちと関わりを持つようになり、彼らの意識が改善されてきたのだ。未だに冷めている所は沢山あるが、今ではそういった彼女の一面を愛嬌だと言う者もちらほら現れてきた。
そのことに対しては彼女曰く、やはり人間は愚かだというものらしい。きっとまだこの状況に慣れていないのだろう。
歓迎会を開かれるなど知らないアリシアのために今現在調理室にいるは、サッチや料理長に指示を受けながら大きなホールケーキを作成している所だ。
「おい、。つまみ食いはするなよ」
「してないったら!」
「本当か〜?口に生クリームが付いてるぞ」
えっ、嘘。サッチと料理長のコンビに絡まれている彼女は、口元に手を滑らせてそこに何もないのだと分かると、自分がからかわれていたのだと気付いて頬を膨らませた。
「嘘つき!」
「食べたりしてないなら慌てたりしないだろ?」
「冗談だって。ほら、手を動かせよ」
以前としてけらけらと笑う二人に、彼女はむっとした視線を送る。しかし、手に持ったボールの中から苺を取り出してケーキに飾り付けを始めると、そんな気持ちはどこかへいってしまったのか楽しそうにしている彼女の横顔。
広い調理室の中で大勢の男たちが忙しく動き回っている。これだけの人数を持つ海賊団だと一回の宴会にもかなりの食料が必要になるのだ。彼らは動き回りながらも、久しぶりにトレーニング以外のことをやっているの姿に安心感を覚え、嬉しさを抑えようともせずに度々彼女に近づく。ここ最近かまってもらえなかった彼らはやっと妹分にかまえる機会にありつけて高揚していたのだ。
「おい、。これの味見してくれ」
「…ん、ソースが美味しい!」
!これも。お前これ好きだっただろ〜?」
「うん!これ大好き!」
そうやって、ケーキの飾りつけを任されている彼女のもとに料理途中であるにもかかわらず寄ってくる男たち。一人が彼女の元に行けばずるいずるいと他の男たちも彼女の元へと行くから、彼女の手は休みがちでケーキが出来上がらない。最初はその光景をまあ許してやろうと眺めていた料理長も、流石に何度も何度も彼女の元に訪れるコックたちが絶えない様子を見ていると我慢の限界が来たのか、口を開いた。
「お前ら!!さっさと料理を完成させろ!!!」
お前らがにかまうからケーキが完成しないじゃねーか!!
「すみませんっしたー!!」
目を吊り上げて怒っている彼の様子に、男たちはあっという間に元の配置に戻って自分が本来作らなければいけなかった料理に取り掛かる。その様子に、彼女は最初は呆気にとられていたようだが落ち着くとくすくすと笑い、流石料理長と小さく呟いた。


 コンコン、とアリシアの部屋の扉を叩く。はい、と響いた返事に「私」と返しては扉を開いた。
入ったそこでは彼女は本を読んでいる。本棚の隣に置かれた椅子に座り、小さな文字を追っていた。
「アリシア、ちょっと甲板に来てくれる?」
「はい」
彼女の言葉にアリシアは頷いたが、それでも急にどうしたのだろうという色が出ているのを彼女は理解していた。だから曖昧に笑って彼女の背を押す。早く早くといまいち状況を把握していない彼女の背をぐいぐいと押して、は彼女を甲板に連れて行く。長かった廊下を曲がった先に甲板が現れた。アリシアが甲板に現れた瞬間上がる声。
「アリシア!!!!今日はお前の歓迎会だー!!」
「どんどん食えよー!!」
盛り上がって酒を片手に持っている男たちの言葉に、彼女は少し驚いたように何度か瞬きをした。そして、これはいったい何事だ。そう呟く。彼女はこの歓迎会の意味を計りかねているようだった。
それもそうだろう、今まで新人にしては態度の悪かった彼女がこんな風に歓迎されるなどと彼女自身思っていなかったに違いない。
「皆アリシアが少しずつ変わってきているのが分かっているんだよ」
様……でも…」
私は――、そう続けようとする彼女の背をは強引に押して主役の席に座らせた。そしてその周りにたくさんの料理を運んでくる。また彼女が飾り立てたケーキも側に置いて準備は万端だ。
彼女の言わんとしていることは予測できた。だけど、そんなことは関係ない。彼女が人間を未だ憎む気持ちが消えなくても、それでも一歩踏み出した彼女に仲間たちはその心を変えた。だから、今は彼らの気持ちを受け取れば良いのだ。

『アリシア!!ようこそ白ひげ海賊団へ!!!』


2013/09/10
先へ進むことを恐れないで

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