12 逃れられなどしない、君は王なのだから。

「おい、マルコ!」
「なんだよい……」
ノックもせずに慌てた様子で俺の部屋に駆け込んできたサッチにじろりと鋭い視線を向ける。今を何時だと思っている。まだ朝の六時だ。こいつはたまに進んで料理長の手伝いをして早朝にはなれているだろうが、俺はそんなことはない。いつもは七時前後に起きるのに、こんなに大きな声で起こされて機嫌が良い筈がなかった。
「今朝の新聞、見たか!?」
「見たわけねェだろい」
こちとら今の今まで寝ていたんだ。どうして新聞を読めるのだろうか。よっぽどその記事に衝撃的な内容が書かれていたのだろう、彼はそんなことも分かっていないようだ。
「これだよ!!見ろって!」
「分かったよい」
くわ、と欠伸をしながら彼が差し出した紙を見た。そこには俺のよく見知ったあの少女の顔写真が載っている。その瞬間今までの眠気が一瞬で吹っ飛んだ。
「なっ」
――何だよい。どうしてが手配書に。
しかも、彼女がLILYだということも白ひげ海賊団所属だということも書かれている。全く吸血鬼の方からの接触が無いと思っていたら、まさか海軍が先に彼女のことを調べていたとは。
あまりにも早い彼女の情報開示に、俺は言葉を無くしてしまった。サッチはこれを見て驚いていたのか。
ALIVE ONLYの文字を忌々し気に見つめる。海賊の生存など求めてはいない海軍が、彼女に限って生存を求めているその理由は深く考えずとも分かった。賢者の石は、生きた彼女から作られる。だから、彼女を生かしたまま捕まえようとしているのだ。
きっと、海軍に彼女が捕まったら死ぬよりも辛い未来が待っている。彼女は何度も何度も実験をさせられて、身体を弄られるだろう。そして、賢者の石が作ることができたら、あるいは実験で死んでしまったらゴミとして捨てられるに違いない。海軍の研究者たちは犯罪者に対してはそんな感じだ。――そんなことには絶対に俺がさせない。彼女を必ず守り抜かなければ。
「そういうことかよい……」
「予想外に海軍の鼻が利いてて驚いたぜ」
がしがしと苛立ち紛れに頭を掻きむしる。こんなことを言っても仕方がないと分かっている。しかし、この紙一枚のせいで彼女がLILYだということが全世界に知れ渡ってしまった。
――7000万。この金額に合う程、今の彼女が強いとは思えない。まだまだ彼女の実力にはムラがあるのだ。力を出し切ることが出来る時もあれば、上手く出来ない時もある。きっと今のままでは強力な賞金稼ぎが現れた時、対処できずに捕えられてしまうだろう。
「こんなに早くバレるなんてな……」
「これからあいつを一人にさせるなよい。いつどこで誰が狙ってるか分からねェ」
重くなった空気を感じながら、出来るだけ冷静に言葉を放つ。とりあえずお前はにこのことを話しに行け。俺はオヤジに報告してくるよい。そう彼に言った。それに彼は分かったと頷いて部屋を出る。今はまだ彼女が起きる時間より少し早いがやむを得ない事情なのだ。彼女も理解してくれるだろう。俺は部屋を出て行ったサッチを見てから寝巻から普段着に着替え、そしてオヤジの部屋に向かった。


――とんとん。
何か叩かれている音が聞こえる。
――とんとん。
誰だ。こんな朝早くに。私はまだこの温かい布団の中で眠っていたいのに。
「おい、入るぞ」
ふわふわと夢と現実の間を行ったり来たりをしていると、一瞬寒い風が部屋の中に入ってきて、またそれが途絶えた。その寒さを感じて更に布団の中に丸まると、私の部屋に入ってきた何かは、頭まで布団の中に入れた私のことをゆさゆさと揺さぶる。
「おい、。起きろ」
「……あ、…?サッチ?どうしたの、こんな朝早くに」
私を起こしているのがサッチだと分かると、私はくっ付きそうになる瞼を上げて彼の顔を見た。寝起きでぼやけている彼の輪郭が徐々にはっきりしてくると、彼がそれを見計らったのかお前に大事な話があると切り出した。
どことなく、浮かない顔をしている彼にその話はきっと良いことではないのだろうと私は身構えた。とにかく、このまま寝転がっているわけにもいかなくて、寒いのを我慢してベッドの上に座って彼の言葉を待つ。
「今朝の新聞にな、お前の手配書が載ってた」
「え……?」
おどろくなよ、と単刀直入に切り出した彼の言葉は寝起きの頭が理解するには少し難しかった。
どうやって調べたのかは分かんないが、お前がLILYだってことがバレちまってた。あと、お前が白ひげ海賊団所属だってこともな。そう言った彼に、嘘でしょと返す。
しかし、渡された一枚の紙に絶句した。そこには、確かに私の写真が載っている。
――そして、7000万ベリーという文字とALIEVE ONLYという文字も。
「な、7000万っ?」
「ああ、俺も吃驚した」
一度も犯罪らしき犯罪をした記憶が無い私は――あ、そういえば思い出したが、一度身体の限界が来て人を襲ってしまったことがあった。しかしそれだけでこんな額になるだろうか――表示された懸賞金の額に愕然とした。
7000万。私には大きすぎる額だ。言葉を失った私に、サッチがそうなるのも仕方がないよなァと頭を撫でる。
「これからは一人で行動するな。いつ誰に狙われるか分からないからな」
「うん、そうする」
真剣な表情をしていた彼は、何でこんな早くにバレたかなァと呟いた。
――そうだよね、どうしてこんなに早く私の正体が海軍に知られてしまったのだろうか。思い当たるのは、家出をした時に上陸した島で男性を襲ってしまったことだけど、あの時私を退治しようとやって来た彼は何も持っているようには見えなかったのに。
「早く強くならなきゃ…」
「あんまり根詰めすぎんなよ」
ぽつりと呟いた私に、彼は心配そうな表情を向けて私をぎゅっと抱きしめる。寝起きで何も羽織らずにいた私の身体は冷えてしまっていて、彼の温もりに包まれて安心した。
しかし、空気はいつもの穏やかな朝とは違ってどこか硬い。不穏な何かが私たちには見えない所で始まっているような、そんな感覚を少なからず私たちは感じていて、それが私たちを緊張させるのだ。
――嫌な、朝だった。


「もっとしっかり重心を捉えろい!」
「分、かった!こうっ?」
サッチがの手配書の話を彼女にしに行ってから数時間経った。今彼女はトレーニングルームで俺と対峙している。何かに憑りつかれたかのように一心不乱に俺に攻撃をしてくる彼女。以前本来の力を目覚めさせた彼女に殴り飛ばされた俺は、それ以来は一時も油断することなく彼女の攻撃を受けたり躱したりする。
彼女の繰り出す技はただ訓練していた頃よりも格段に重くなった。こんな細い身体のどこからこんな力が出てくるのだろうと思う程の力だ。ずしっと腕に感じる重みを感じながらも、俺はまだまだ改善するところが沢山ある彼女にアドバイスを投げる。
既に一時間は組手をしているからか、開始直後から全力を出し続けてきた彼女は息を切らし始めた。普段ならこのくらいになると一度休憩を入れようと彼女に声をかけるのだが、今日に限ってはそんなことを言えるような雰囲気ではなかった。
「は、あッ!!」
渾身の力を振り絞って回し蹴りをしてきた彼女。流石に、この蹴りは受け止めきれないと俺は判断してその蹴りを避けた。
――彼女の顔からは焦りが窺えた。きっと、サッチから自分の賞金額を聞かされて恐ろしくなったのだろう。だから強くなって、賞金稼ぎたちに捕まらないように力を付けようとしているのだ。
「はぁ…はぁ……」
「そろそろ休憩だよい」
しかしいくらなんでもこのままこのトレーニングを続けていたら以前のように彼女は倒れてしまうだろう。そう判断した俺は肩で息をしている彼女にぽんと手を置く。まだまだ特訓を続けようとしていた彼女は俺にそうされて、大きく息を吐いて床に転がった。
俺も彼女と同じまでにはいかないものの、軽く息を上げていたから同じようにその隣に腰を下ろす。
「……私、賞金額に相応しいような強さじゃないのに…」
「ああ、まだ伸びてる途中だからねい」
息を整えてぽつりと呟いた彼女に頷く。7000万という文字は、思っていた通り彼女にとっては相当重い数字だったのだろう。今までこの船に乗っていたにも関わらず海軍に目を付けられていなかった彼女は、突然世界から追いかけられることになってしまって負担を感じたのだ。
汗をかいて額に張り付いた彼女の前髪をそっとかき分けてやる。言葉を発しなくなってしまった彼女の胸中はよく分かっていた。しかし、かける言葉が無かった。ただの励ましなど彼女は求めていないから。
だけど、一つだけ彼女に伝えられることがある。これはどうやったって変わりはしないこと。
、」
「…ん?」
閉じていた瞼をゆるりと開いた彼女の目をしっかりと見つめる。これだけは、絶対に変わらずに彼女の傍にあり続ける。

「何があっても、お前は俺が守るよい」
「……ありがとう、マルコ。私、強くなるね」
浮かんだ彼女の微笑が、俺の視界に入った。


2013/04/27
強くなんてならなくて良い。きみは俺が守るから

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