09 身を焦がす熱

 段々と冬島に近づいてきて、雪が降り始めた。しんしんとふる静かな雪というよりかは、牡丹雪がどんどん振ってくるといった感じだった。しかし、風が無いおかげでそれが吹雪になることはない。吹雪になっていたら今頃デッキの上の雪を片づける連中は凍え死んでいただろう。
そんなことを考えながら私は今、一生懸命に雪を集めていた。先程トレーニングを終えた私の部屋に訪れたエースが一緒に雪だるまつくろうぜ!と持ちかけたのだ。そして、どちらがより大きな雪だるまを作れるのか勝負をすることになった。
甲板の雪かきをすることになっていた男たちは、私たちのそんな様子に特に何も言うことなく了承した。彼らも私たちが進んで雪を片づけてくれることに喜んでいたから。
「おー、中々デカくなってきたな」
「エースも大きいね。でも負けないから」
一番下の胴体を作っている私は、同じく一番下の胴体を作っているエースに挑戦的な笑みを向けた。どちらもその大きさは拮抗していて、中々勝負が決まりそうにない。しかし、これ以上一番下の胴体に雪をくっつけるのは無理そうだと判断した私は、二番目の胴体に移る。寒さで悴みそうになる手はしっかりと手袋をはめているにもかかわらず、冷たくなって言うことを訊いてくれない。
うんしょ、とごろごろ雪玉を転がしてどんどん大きくする。エースは私よりも大きな雪だるまを作ろうと意気込んで二つ目の雪玉を潰してしまっていた。ふふ、この様子だと、私の方が早く大きな雪だるまを作れそうかも。そう思った私はるんるんと気分良く雪玉に雪を付けていく。なるべくバランスの良い雪だるまにしたい私は、ある程度雪玉が大きくなり、一番下の胴体よりも一回り小さい大きさになるまで雪の上を転がし続けた。
よし、これで二個目の胴体が出来上がった。最後に一番重要な顔の雪玉を作ろうとしていく。ごろごろと雪玉を転がしながらちらりとエースの様子を見ると、彼はまだ二個目の胴体を作っている最中だった。
「私の方が早いよ!」
「早さの勝負じゃねェからな!」
あ、それもそうだった。にっと笑った彼に当初の勝負内容を思い出す。まあでも良いか。こんだけ大きくしたんだからもう悔いなんて無い。私は最後に大きくした頭を何とか二個目の胴体の上に乗せた。あとは装飾だけだ。
でも目や鼻なんてどうやって作ろうかなぁ…。そう考えていると野菜で補えば良いと思いついた。
「ちょっと取って来るね」
「おう!」
エースの分も取りに行こうと、私は彼にそう言ってキッチンへ向かった。ひょっこりと顔を覗かせると、そこには食後の片づけを終わらせた料理長が寛いでいる。
「ねぇ、今雪だるま作ってるんだけど、何か装飾になる野菜貸してくれない?」
「ああ、良いぞ。だからそんなに鼻赤くしてんのか」
顔を覗かせた私に、料理長ははははと笑って快く野菜を貸してくれた。食うなよと言う彼に分かってると返して、私は甲板に戻った。そこにはようやく頭部まで完成させたエースの雪だるまがある。
「あ、出来たんだ」
「おう、早く顔作ってやろうぜ」
いそいそと料理長に渡された籠の中に入っている野菜を出していく。鼻はもちろんニンジンで、目はタマネギ、口はブルーベリーで良いかな。そう決めた私は顔を作っていこうと雪だるまに手を伸ばすが、如何せん大きく作り過ぎて顔まで手が届かない。
「わっ!」
「ったく、自分の身長考えて作れよ」
どうしようかなと悩んでいると、突然身体が宙に浮く。エースが私のことを持ち上げてくれたのだ。そういう彼の雪だるまだって彼の手では届かないような所に顔がある。お互い様だと笑って、私はまず私の雪だるまに顔を作った後、彼の雪だるまにも顔を作ってあげた。結局二人して作った雪だるまになってしまい、私たちは勝負の行方をあやふやにした。
「ははっ、雪だるまの兄妹だ」
「かわいいね」
ずずずと邪魔にならない所に並べた二つの雪だるまは片方が小さくてそれが兄妹のようだった。私の雪だるまは睫毛がついていて、エースの雪だるまはきりっとした眉毛が付いているからそう見えるのだろう。
「よーし、雪合戦しようぜ!」
「おっけー!」
雪が降る中でも疲れを見せない私たちに、甲板で雪を集めていた男達はあいつら元気だよなァと声を上げて笑う。私たちはそんな中で雪玉をせっせと作ってはお互いに投げるという動作を続けた。
「ぶへっ」
「やったぁ」
覇気を込めて投げた雪玉は見事エースの顔面を直撃した。しかし、にやっと笑った私の顔に次の瞬間には彼から放たれた雪玉がぶつかって、私は彼と同じような状態になる。
「へへっ、油断したな」
「今だけだもん!次はそうはいかないからね!」
私に雪玉を当てて嬉しそうにしている彼にそう言い返す。雪玉を連射してやろうと企んだ私は、彼から放たれる雪玉を避けながらそれを作っていく。
「ふう、こんなものか」
「あっ、お前それズリィぞ!」
彼は手持ちの雪玉が無くなったのか、私の作り上げたそれの数を見て叫ぶ。別にズルじゃないよ。私はエースの攻撃を避けながら作ったんだから。
「覚悟!エース!!」
「うおわ!」
沢山ある雪玉を次々に掴んでは投げていく。彼に当てる気満々で投げるそれはしかし、彼が避けることに徹底しているせいであまり当たることはない。しかし何度も身体にぶつかっては砕けていく雪玉に、彼はうひい!と声を上げる。
「あー、疲れた。休憩しようぜ」
「雪合戦は私の勝ちだね」
はぁはぁと熱い息を吐きだしながら、私たちは笑い合った。それだったら雪だるまは俺の勝ちだな。そう返す彼にそうだねと頷いた。
どさりと彼は雪の上に身体を投げ出す。あー、冷たくて気持ちー。そう呟いている彼は確かにほかほかと蒸気を発していた。私も寝転がろうかな。楽しすぎて結構動いていたら疲れた。そう思うけど、何だか身体が怠くて動かない。
――あ、れ?どうしたんだろう?
次の瞬間、私は急に意識が途切れてエースの上に倒れ込んだ。


「うお!!?」
どんっと俺の身体の上に倒れ込んできたに心底吃驚した。何だ何だ??
あー、吃驚した。何だ、寝たいなら寝るって言ってから寝れば良いのに。でもまあ俺もいつも急に寝るから人のこと言えないか。
「昼寝かー?」
「………」
俺の胸の上に顔を乗せている彼女に言葉を投げかける。あー、上は温かくて下は寒い。なんかなぞなぞみたいだな。
背中越しに感じる雪の冷たさを感じながら、そんなことを考える。俺たちを見守っていた男たちがひゅーひゅーと口を揃えて冷やかしてくるのは面倒だけど、が俺の上で寝てんだから仕方がねえ。動くわけにもいかないから、俺はそのまま彼女と一緒に昼寝をすることに決めた。
決めた数秒後には俺は夢の中に引きずり込まれて、暫く目を覚ますことはないだろうと思われた。


しかし直後――寝ていたから俺はそんな風に感じたのだが――、ごつんと頭に襲ってくる痛みに「イテェ!!」と声を上げる。目を開いたら、丁度真上にかなりご立腹した様子のマルコがいた。
「おい、エース。お前こんなところで何やってんだよい?」
「え、何って?昼寝だけど」
至極当たり前のことを返せば彼はバカヤロウ!ともう一度俺の頭を殴った。何なんだ、理不尽極まりない。訊いてんのはそんなことじゃねェよい!と叫んだ彼はのことを起こそうと彼女の肩に手をかける。

「………」
一度呼びかければ大抵彼女はすぐ目を覚ますのに、何だか今日はよっぽど深い眠りについているのだろうか。怪訝に思ったマルコがぐいっと彼女の肩を引っ張って彼女の顔を見ると驚いたように声を上げた。
「おい!エース、お前いつから外にいたんだよいっ!?」
「え?えーと、あんま覚えてねェけど…けっこう遊んでたから二時間は越してるかも」
焦ったような声を上げている彼に何だ何だと思いながら立ち上がると、彼は彼女を腕に抱えて俺に怒鳴った。
「こいつは吸血鬼だろうが!いくら雪だからっていっても太陽からの光を二時間も浴びてりゃぶっ倒れるに決まってんだろうよい!」
「何!?こいつ寝てたんじゃなくて気絶してたのか!?」
すたすた歩いて部屋の中に避難しようとしている彼の腕の中にいる彼女を見やる。確かに、浅い息を何度も繰り返していて顔は赤くなって苦しそうだ。ど、どうしよう、俺無理させちまってたのか。
「なァ、は大丈夫なのか?」
「今氷で身体冷やすからお前は出てろい」
彼のベッドに横たえられた彼女を見て、俺はわたわたとするけれどマルコにそうぴしゃりと言われてしまい、俺は仕方なしに外に出た。
――ああ、楽しすぎて時間を忘れてた俺のバカヤロウ。
暫くマルコの部屋の前でうろうろしていたけれど、此処にいてもどうしようもないのだと分かり、俺はこのやりきれない気持ちを持ったままそこを後にした。


2013/04/21
太陽に嫌われた少女は、熱を恐れた。

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