08 煌めく世界にあなたたちがいてくれるなら

――机の上に広がっている紅葉の数々。それは先程が留守番組だった俺の所に持って来てくれた秋島での土産だった。


「マルコに秋を持って帰ってきたよ」
「ん?」
ふぁさ、と俺の机の上に現れたのはどこも傷んだ所のない紅葉だった。黄色から赤へのグラデーションがあるやつだったり、本当に真っ赤なやつだったり。同じ紅葉なのに色々な色彩を放つそれに目を奪われる。一気に室内に色が溢れた気がした。
「マルコは留守番だったでしょ?だからお土産」
「そうかい、ありがとうな」
俺の前でにこにこと笑う彼女。そんな風に俺のことを思ってくれている彼女が愛しくて仕方が無かった。じわ、と胸の中心に染み渡る温かなそれに浸る。
――この紅葉たちは押し葉にでもして何かの栞にしようかねい。
そう呟けば彼女は嬉しそうに笑って、それが良いと頷いた。俺は彼女にお礼を言って、先程まで進めていた書類の片づけを始めた。心なしか先程よりも作業スピードが上がった気がする。


サッチは今不機嫌だった。どれくらい機嫌が悪いかというとそれはもう、どこから誰が見ても不機嫌だと分かるような顔をしている。それは、昨日と共に秋島に降り立った者たちなら容易に理由が分かった。
――マルコには紅葉を集めてきたのに、俺には何もない。
そんな気持ちがだだ漏れな俺に、目の前にいるハルタははぁと溜息を吐いた。
「あのさ、俺を捕まえて愚痴るのやめろよ」
「だってよォ…あいつ、最近マルコにばっかり甘くてよォ…俺のことなんてどうとも思っちゃいねェんだ」
愚痴るなと言われた矢先から愚痴を始めた俺に、ハルタは心底面倒くさいといった表情を向けてくる。俺にだって無いんだから我慢しろよ。そう言う彼に俺とお前とじゃ違うんだよと言い返せば彼はまた大きな溜息を吐いた。
「だったら直接に言えば良いだろ?」
「だってよォ…あいつの言うことくらい分かってんだよ。『マルコは留守番であの紅葉を見てないでしょ?サッチは見たんだから良いじゃない』。そう言うに決まってる」
だってだって、ってうるせえおっさんだなァ。そういうのは女の子がやるから可愛いんだよ。ぼそりと彼が呟いたその言葉は確かに俺の鼓膜に届いたけれど、今の俺はそんなことはどうでも良かった。
――あーあ、これはにしか機嫌直せねェな。心中でハルタがそう思っている事など気付いていない俺はそのままぶつぶつと彼女とマルコのことを話していく。
「あいつら俺だけ仲間はずれにしてよぉ…俺だってに一生懸命集めてもらったお土産がほしかったのに…別にお土産がほしいんじゃなくて、あいつが俺の為に何かしてくれたってのがほしいのに……でもどうせはマルコだけに優しいんだよな」
「ふーん…じゃあ、私がサッチの為に作ったこれはいらないの?」
「別にそんなも――へ?…?」
突如、ハルタではない声が混ざったと思ったらそれは今まで話していた彼女のものだった。食堂の椅子に腰かけて話していた俺よりも少し高い目線から見下ろしてくる彼女は、俺のことをどうしようもない子供のようだと笑っていた。
「助かったー…救世主の登場だ」
「ごめんね、ハルタ」
どうやら、彼は俺の遥か後ろを通っていた彼女にアイコンタクトで助けを求めていたらしい。拗ねた俺の気持ちを元の状態に戻せるのはしかいないと分かっていたのだ。まあ、そりゃそうだけど……。俺は突然現れた彼女に、今までの内容を聞かれていたのかと思うと恥ずかしくなった。
「サッチが拗ねることなんて分かってたからちゃんと作っておいたのに」
「え、そうなのか?」
俺の前に置かれたのは、マルコにあげたものと同じ紅葉だ。しかし、それは既に綺麗な模様の描かれた紙に貼りつけられていて栞になっていた。俺に作ってくれたのか?そう彼女を見上げれば、サッチ以外に誰がいるの?と笑われる。
「ったく、メンドくさいおっさんだよ」
「機嫌直った?サッチ」
俺の横に座ったと手前のハルタが笑いながら俺を見つめてくる。
――答えは当然、イエスだ。俺ってつくづく現金な奴だ。彼女が俺の為に何かをしていてくれたのだと分かった途端嬉しくなって。
「ははっ。だろーなァ、お前今めちゃくちゃ嬉しそうだもん」
「こんなので良かったの?」
サッチは無欲だね。ふわりと笑った彼女にそりゃ違うと返す。俺は、お前から貰えるものだったら、何だってほしいんだ。強欲にお前の言葉だとか、俺に対する行動だとかを求めているんだ。
「寒いから今日は一緒に寝ような」
「最近はずっと一緒に寝てるのに」
へんなサッチ。けらけらと笑う彼女と、情けねェ大人だと呆れるハルタに囲まれながら俺は笑った。


 次に向かう島はどうやら冬島らしい。それは確かに全く気候が暖かくならないはずだ。この前秋島を出発してから段々と気温は下がっていく一方。私はそんな冬の空気を吸いこみ白い息を吐きだした。
寒い。かたかた身体が震えてしまうような寒さだ。秋島ではまだパーカーだけでもどうにかなったけれど、もうここまで寒くなると上に何か暖かいものを着なければ風邪を引いてしまう。
「ほら、。ココア持ってきたぞ」
「ありがとう、ハルタ」
曇り空の下でぼんやりと海を眺めていた私の元に来たのはハルタだ。どうやら彼はもう隊の仕事を終えたらしく、先程から甲板でろくに身動きをしない私の所に温かい飲み物を持って来てくれたらしい。
ほかほかと白い湯気をたてるそれに口を付ける。ずずず、と熱いそれを慎重に飲み込むと身体が暖かくなって、ほうと息を吐いた。彼も同じようにココアに口を付けてごくごくと飲んでいた。
「ぷっ!ハルタ、ひげができてる!!」
だってできてるだろ?」
――えっ。てっきりココアのひげができているのは彼だけだと思っていた私は目を丸くした。何だ、私も一緒だったのか。そう思ったら笑えてきて二人してけらけら笑う。それを周りの男たちは何だ何だと視線を寄こしてくるけれど、私たちがそろって口にココアのひげを作っているのを見つけたら、彼らもまた寒いことを忘れるように声を上げて笑っていた。
「何だい、お前ら口ひげ作って」
「あ、マルコー。ココアを飲んでたらね、できちゃったの」
こつこつとした足音が聞こえて振り返ると、そこにはマルコがいた。彼も流石にこの気候の中では寒いらしく、いつも着ているような服装ではなく、黒に近いグレーのファーコートを着ている。
――そんなんで笑ってるなんてガキだなァ。彼はそう呟くけど、同じように彼も少し笑っているから私たちと同じではないのだろうか。
「ガキにはガキの楽しみ方があるんだよな、
「そうそう」
「そうかよい。あんまり冷えないうちに部屋に入っとけよい。風邪ひくぞ」
けらけらと笑い続けている私たちに言いたいことを言った彼はまた仕事に戻ろうと背を向けた。そんな彼にはーいと大きな声で返して私はまたハルタとぺちゃくちゃお喋りをしていた。


 冷える前に部屋に戻っていろと言われた私は今談話室にいる。先程まで一緒にいたハルタは何やらやることが出来てしまったのか、十二番隊の男に連れて行かれてしまった。
――何だ、つまんないなぁ。そう思いながら訪れた談話室には暖炉がある。そこの前を陣取っているソファに寝転がってその温もりを享受しているとがちゃりと談話室の扉が開いた。
「よう、。こんな所でどうしたんだ?」
「んー?寒いから暖まってた」
談話室に現れたのはエースだった。この寒い気候でも彼は全く気にしていないのか、いつもなら上半身裸だというところを一枚シャツを羽織るだけにしている。いつものハーフパンツも変わらずだ。見ているだけで寒くなりそうなその軽装に「寒くないの?」と眉を顰めれば彼はおうと元気よく答えた。きっと、メラメラの実を食べた彼はこんな寒さに負けないような温かい身体をしているのだろう。
「今暇ならアレしようぜ」
「アレ?…ああ、良いよ」
にやりと楽しそうに口角を上げた彼に、一体何のことだろうと思考するとすぐにそれが分かった。
――私たちが今ハマっているのは悪戯だった。こういうのが、マルコたちにガキだと言われる理由になるのだろうが、別に私たちはどうとも思ってもいない。別にそこまで酷い悪戯をするわけではないし、私たちは楽しければそれで良いのだ。
それじゃあ行こうと私の手を引っ張る彼に遅れないようについて行く。まずはターゲットを見つけなければならないのだ。
「おっ…ラクヨウ発見」
「どうしますか?エース隊長」
自室で昼寝をしているラクヨウを発見した私たちは扉の前で気配を消して中を窺う。悪戯の時のリーダーはエースと決まっているので、私は彼のことを隊長と付けて呼ぶ。これが案外雰囲気を盛り上げて楽しかったりするのだ。
、お前はマルコの部屋からインク壺を持ってくるのだ。できるだけ早くな」
「了解です、隊長」
お互い隊長と部下という関係を演じて行動に移す。私は彼に命じられた通りに素早くマルコの部屋に向かって、中に彼がいないがまあ良いかと判断して彼の部屋からインク壺を一つ失敬した。
足音を立てずにラクヨウの部屋の元に戻って彼にそれを渡す。渡す際の彼のにいっとした楽しそうな顔が、私にも移る。私たちはそうっと扉を開けて彼の部屋に入り込んだ。
小さないびきをたてている彼の枕元に二人して立つ。私たちは蓋を開けたインク壺に指を突っ込んでその指でラクヨウの顔に落書きをした。
額の第三の目やら目を閉じれば現れる目やら、皺やら色んなものを描いた。描いている最中に何度も二人して吹き出しそうになるのを堪えて、私たちはそのらくがきを完成させた。
「完璧だ、
「そうですね、エース隊長」
彼を起こさないように最小限の声でそう頷く。静かに彼の部屋を去った私たちは談話室まで足早に歩いて、着いて部屋の扉を閉めた途端堪えていた笑いを吐き出した。
「あっはっはははは!!!ラクヨウの顔ひっでぇなァ!」
「ホント!!もう、原型が無くなってたって!」
二人してひいひい言いながらどったんばったんと床を転げまわる。ああ、こんな風に悪戯をするのは本当に楽しい。顔に落書きなんて可愛いものではないか。インクは水性だから洗えばすぐに落ちるし。
思う存分笑って落ち着いた私たちは暖炉の前のソファに腰掛けた。はあ、疲れた。
「今度は何しような?」
「そうだねー」

――また新しい悪戯を考えて楽しんでいる私たちの元にラクヨウからの大きな雷が落ちるのはあと三十分後。


2013/04/21
それだけで、幸せなの

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