03 薔薇は落ちた

 この船の中で暮らしていくことで、今までと変わっていない事がある。それは、私がどこの隊にも所属していないことだ。未だ無所属を続けている私には、いざという時に頼る隊長がいない。今は臨機応変に各隊長が面倒を見てくれているが、本音を言うとどうすれば良いのか分からない。でも無理に変えようとは思わない。つまり、どこの隊に所属してもしなくても私はさして気にしていないということだった。
以前なら、非戦闘員という扱いでしかも年齢が年齢なだけにどこの隊に所属していなくても皆が構ってくれた。しかし、ただの守られている家族というカテゴリーからは外れたのだ。白ひげから仲間の証としてブレスレットを貰ったあの日、私は正式に家族でもあり仲間でもあると認められたのだ。対等な立場に立った、存在に。
そして今は隊長会議中。私の無所属に対する話し合いもするようで、先程私の元を訪れたサッチが「俺の隊に入ってほしいなァ」と独り言のように呟いていた。私に訊かせる気満々だったそれは、独り言とは言わないのかもしれないけど。
でも、その話は酷く現実味を帯びないものだと思った。私は今までマルコとサッチを筆頭に皆に世話されてきたから、どこか一つの隊に所属するということが想像できないのだ。
うーん、と唸って天井を見つめる。今頃どんな話し合いになっているのだろうか。


「それじゃあ、次の議題だよい。“の所属する隊をどこにするか”」
議長の席に座った俺は、ここから全員の顔が見渡せる。物事を楽観的に捉えてにこにこする者や、対して彼女が所属するということを深く考えて渋い顔をする者。そんな奴らが一望できる。楽観的の代表例とも言える二人が元気よく挙手したことに、俺は少し頭が痛くなった。
「俺の所が良いと思いまーす!」
「ずりいぞサッチ!俺だってと一緒にコラボ技やりてェんだよ!」
ジョズの巨体を挟んでぎゃあぎゃあと言い合う彼らに落ち着けと手を振る。今はこんな風に騒いで決めることではないのだと彼らに示したかった。大体、エースの言葉には更に呆れさせられた。どうやってお前の炎と生身の彼女の技をコラボさせるって?そんな技、彼女はまだ一つも持っていないというのに。
所詮、彼女の身体に火傷が残るだけだろう。そんなことが分かっているのに、俺がやらせる訳が無い。
「あいつも正式に仲間になったからには、どこかに所属させねェといけないよい。だけど、あいつは知っての通りLILYだ。いつ何時力が暴走するかもしれねェし、あいつを狙う輩が襲ってくるとも知れねェ。その辺のリスクとかも考えて、どの隊が一番合うかを決めなきゃなんねェんだよい」
特に、楽観的に物事を捕えている奴らに向けて言葉を選んで投げかける。この中にを所属させたくないという隊長はいないだろうが、それはあくまで彼女個人を見ているときだけだ。彼女は今やLILYという巨大なもろ刃の剣を抱えており、通常ならそれは大きな力になるだろうがそれは時としてリスクにもなる。普段はそれの力に助けられることもあるだろうが、向かって来たのが彼女よりも巨大な敵だとそうも言っていられなくなるのだ。だから、俺は彼女が所属するのに最善な隊を選ぼうとしている。
「やはり、マルコかサッチの隊が良いのではないか?安全面でも精神面でも安心だろう」
ビスタが自慢のカイゼル髭を撫でつけながら発言する。
「けど、最近はエースやイゾウやハルタとも鍛錬で付き合ってるだろ?イゾウたちの所は丁度人数が少ないし、良いんじゃねェか?」
続いてラクヨウの発言。
どちらの言い分も確かにそうだ。人数で取るなら、彼の言う通りイゾウの十六番隊とハルタの十二番隊は他の隊に比べて人数が少ないから彼女を入れれば――今の所まだ弱いことは置いといて――良い戦力になるだろう。エースの隊にいれるにしても、彼が言っていたコラボは一先ず考えずに、中々の戦力を持っている彼の隊なら彼女の身を安心して任せることができる。エースは最近では益々彼女との距離が近くなってもいるし、彼と一緒なら変に隊がぎくしゃくすることもないだろう。俺の隊はもちろん、戦力は一番ある。彼女の身を守ることを優先で考えるのなら俺の隊が一番だと思うが、彼女との関係は今微妙なのだ。少し離れて徐々にお互いに向き合うことが出来るようになってきたそんな時期に、一番隊に所属することになったら急に近づいた距離に彼女だけでなく俺までも困惑してしまうかもしれない。そう考えると、サッチの隊が良いかもしれないが、彼の隊はエースの隊に比べるとやや戦力が劣る。彼の性格に似て比較的温厚な性格の船員が多い四番隊は彼女にとって居心地の良い空間にはなるかもしれないが、身の安全となると少々心配な点があった。彼の隊はおおざっぱでもあるが故に、彼女が忽然と姿を消しても一時間程は気付きそうにないから。
「力で考えればマルコかエース、人数で考えればイゾウかハルタ、精神で考えればサッチか……中々決まりそうにないな…」
事態を要約するために呟いたジョズの言葉に、皆うーんと頭を悩ませる。
この議題は、それ相応に時間がかかりそうだった。


「料理長、ちょっと良い?」
「ん?、どうしたんだ?」
どうにも、一人で考えていても考えがまとまるとは思えずに食堂に訪れた。料理長は強面をしているが中々相談相手にはもってこいの男なのである。食器を洗い終った彼の前に腰を下ろして見上げる。彼は私の言葉を待っているようだった。
「今マルコたちが隊長会議で私の所属する隊を話し合ってるんだと思うんだけど、どうにも私がどこかに所属することが考えられなくて…」
ほら、と置かれたオレンジジュースを飲みながら徐に彼に話す。相談して解決するようなことではないと思うが、誰かにこの気持ちを聞いてもらうだけでも気分は良くなるだろうと思って、だ。
彼は私のその言葉にふうむと思案するように真面目な顔になる。
は今までの方が良いのか?」
「…うーん…、どうだろう?今までは皆が構ってくれてたからそれが当たり前だったというか」
別に一人の隊長に構われ、そして仕事を任されるのは嫌ではない。嫌ではないのだが、何となく違和感がぬぐえないと言うか。私にとっては私は隊長皆の隊員であって、皆が私の隊長だった。今までは隊に所属していなかったから隊を越えた付き合いがあるし、一つの隊に所属したとしてもそれまでの繋がりをどうすれば良いのか分からないといったのが、私のよく分からない気持ちの一つなのかもしれない。
「そうだなァ。お前はチビの頃からずっと皆にちやほらされてきたからなァ」
「ちやほやって…まあ否めないけど」
蝶よ花よとサッチに育てられた覚えのある私には、苦笑して彼の言葉に頷くことしか出来ない。そっか、私はもしかしたら寂しいのかもしれない。今まで通りにしていれば色々な隊の仕事を手伝ったり、色んな人間から助けの手が伸ばされる。私は、どこか一つの隊に所属することによって無くなってしまうそれらが寂しいのだ。そんなことは言っていられないとマルコたちは言うかもしれないけれど、私はその繋がりが消えてしまうことが嫌なのだ。我が侭だなぁ。
「どっかに所属するのは嫌だなぁ…」
「俺の下で働くか?」
ビシバシ扱いてやるぞ。料理が上手いお前なんて考えられねェけどな。けらけらと声を上げて笑う彼に、彼の言う通り無理だよと返す。私はコックたちのように料理が上手いわけではないし、確かに隊で別れていない料理人たちは一見無所属に見えるけれど、やはりそこにだってきちんとした組織はあるのだ。隊とはまた別の所属意識を持ったそこに入りたいとは思えない。
そういった意味のことを言えば、彼は我がままな奴だなァと苦笑した。それもそうだ、こんな小娘がこの大きな船に仲間として乗っておきながらどこにも所属したくないと言っているのだから。
「だって、私にとっては隊長みんなが私の隊長だからさ……なんか、今更一人に従うっていうのが分かんない」
「確かにそうだよなァ」
ううん、と首を傾げている彼は本当に私のことについてよく考えてくれているみたいだった。とりあえず話だけでも聞いてもらいたかった私は、そこまで彼の頭を悩ませるつもりはなかったから、もうそろそろ自分で考えようかなと此処から去る言葉を口にしようとした。
だが、それよりも早く、ばたばたと食堂にやって来た忙しない足音になんだ?と二人して顔を向ける。
「お、!こんな所にいたのかァ。サッチんとこ行っても居なかったから探したぞ」
「どうしたの?エース」
がしがしと頭を掻きながら現れた彼は取りあえず話は行きながら言うと伝え、私は料理長の所から半ば引っ張られる形で退席した。話聞いてくれてありがとう!そう後ろを振り返って言えば、彼はおうと笑ってくれた。
いったい何故、隊長会議中なのにエースは私の所に現れたのだろうかと疑問に思ってそれを問うと、彼は現在進行形で議題がまとまらないことを教えてくれる。しかもその議題はやはり私がどこの隊に所属するかというものだった。
「皆熱くなっちまって終んねェんだ。お前からも何か言ってくれよ」
「ええ…」
辟易したというような顔をした彼に、容易に会議室の中の様子が目蓋の裏に描けた気がする。そんな中に入っていって発言するのは私でなくても嫌だろう。大体、わたしが言いたいことなんて一つしかないから、それを言ったら余計に火に油を注いでしまいそうだ。
「わりいわりい」
「エース、遅か――って、」
なんで連れてきてるんだよい。私のことなどお構いなしに扉の中に入っていった彼に一度は視線が集中するも、次いでそれは後ろからやって来た私に注がれる。
マルコは私が来ることは予想外だったようで、些か目を丸めていた。どうやらエースはトイレに行くと言って出て私を連れて来たようだった。それなら、皆の驚きようも理解できる。
私が訪れたことによって場は一気にしいんとしてしまって、若干、否強烈に気まずいものに変わってしまった。
「中々話が決まらないからよ、本人連れて来た。ほら、はどこに入りたいんだ?」
「エース……」
空気を読んで。そう言いたかった言葉は溜息となって出る事はなかった。この、少し頭の軽い兄貴はこうやって後先考えずに動く癖がある。それに私を巻き込んでくれなくても良かったのに。
そう思うが後の祭り。ここはチャンスだと思い私の気持ちを皆に伝えよう。そう思って徐に口を開いた。
「私は、どこの隊にも入りたくない。今まで通りが良い」
「……でも、。そのまんまじゃダメなこと分かってるだろい?」
暗にそれは私の我がままであると言うマルコ。それもそうかもしれない。きっと、他の隊員からすれば私は一人だけ優遇されているように見えるだろう。それでは示しがつかないと彼は言いたいのだ。
でも、私はLILYの力を持つ私がどこかの隊に入ることのメリットがよく分からない。彼らなら何かしら考えがあるのかもしれないけれど、私は彼らが私の力を持て余すような気がしてならなかった。
「だからさ、私は全部の隊に所属する。皆の言うことを聞いて、臨機応変にやる」
――それじゃ駄目?
私が提案したのは、結局今までと何ら変わりはないのだけれど、こうやって所属しているという事実を作っておけば他の船員たちにも示しがつく。更に一人の隊長が私の面倒を見なければならないという事態を防ぐことが出来る、そんな案だった。
「……つまり、お前は今まで通りが良いんだろい?」
「うん」
まいったな。そんな顔をして考え込んでいるマルコは、どう思う?と黙って会話を聞いていた各隊長たちに目を向けた。
「俺は良いと思うぞ。を一人で見なければならないと思うと責任が重いが、皆で見るなら安心だろう」
――いつでも手を差し伸べることが出来るからな。
最初に頷いたのは意外にもジョズであった。私には知る由もなかったけれど、彼は私がどこか一つの隊に入ることはあまり得策ではないと思っていたのだ。
「でもいつでも俺たちが見てられるって保証はないだろ?」
「それは他のクルーだってそうだろうが」
今まで黙っていたが、何となく不満そうな顔をしたサッチがデメリットを述べるが、珍しく冴えているエースの言葉に上手く丸め込まれてしまっている。
がやがやと賑やかさを取り戻した会議室は私の提案したことについて唱えるデメリットやメリットの声で満たされた。
暫くして再び静寂が訪れる。それを齎したマルコはやはりまだ納得していないような顔をしていたけれど、こう言った。

「今日からは全隊の隊員だ」


2013/03/23
望むは、不変

inserted by FC2 system