桃色のきみとかくれんぼ

 いつものように紅覇のお話に付き合って数時間。ほとんど聞き手のであるが、紅覇との会話は楽しい。何せ彼はいつもにこにこと笑みを絶やさないし、時折頭を撫でてくれるから。
そんな彼が「かくれんぼをしよう!」と言いだしたのは5分前のこと。いったいかくれんぼとは何だろうと首を傾げるに、彼は言葉を簡単なものに変えながらも、かくれんぼのルールを教えた。
時間は要したがかくれんぼを理解した彼女は大きく頷く。
「かくれんぼと言っても特訓なんだからね」
遊びじゃないの!と真剣な表情をする紅覇にも神妙な顔付きで頷いてみせる。“特訓”と漢字で書いてくれたおかげで彼女はこれがお遊びではなく真面目なものであると分かったらしい。
特訓って紅覇の為の特訓なのかな?それとも私の特訓なんだろうか?ふとそんな疑問が浮かぶが、「5分数えるからはあんまり遠くならない程度の所に隠れて」と言われて、慌てて駈け出した。
いーち、にー、と数を数えはじめた紅覇から離れるようにはどこに隠れようと隠れる場所を探す。
『えーと、えーと、5分だから取りあえず逃げよう!』
わたわたとしながらもダッと紅覇がいる所から離れた。ぱたぱたと長い裾を風に煽らせながら禁城を走るの姿を見て、文官や武官たちは首を傾げる。だがいつものように紅覇と何かをしているのだろうと彼らは本来の業務に精を出すのであった。
そして現在、はあはあと大きく息を吸い込みながらある部屋の前で立ち止まる。大分走ってきたしこれなら紅覇も中々見つけることが出来ないだろうと、使われていない会議室の扉を開く。
『失礼しまーす…』
そろそろと顔を覗かせて誰もいないことを確認して足を踏み入れた。よし、ここにしよう!
奥の机の下ならより見つかりにくい筈だと、はうんしょと椅子を動かして机の下に潜り込む。
紅覇が自分を探すのに時間をかけている姿を想像してくふくふ笑う。これで特訓になる筈だぞ、と彼に貢献している自分に安心した。
『紅覇、まだかな…』
既にこの机の下に隠れてから十数分。珍しく走り回ったせいで疲労が溜まっていたはうつらうつらと船を漕ぎ始め、数秒もしないうちに目を閉じてしまった。

 皇帝としての責務に追われつつも、弟から少しは休憩してくださいと言われてしまった白雄は趣味の物語の巻物を持って一人静かに読める部屋を探していた。従者たちが付いて来るも、彼は巧みに彼らを撒いたので本当に一人である。ふと、目に入った会議室に丁度良いと扉を開いた。何かあってもここなら何かしら対処できるだろうとその部屋に入っていく。
ぱたり、と扉を閉めて静寂が訪れる。しかし、どこからかすうすうと小さな寝息が聞こえるではないか。誰かが仕事をサボって居眠りをしているのだろうか、と音の出所へと向かう。
「おや」
寝息に導かれた白雄は、奥の机の下にこじんまりと身体を押し込んだ少女を発見した。あまり見たことが無い顔だが、数回紅覇と共に歩いている姿を見たことがある気がする。
そんな彼女がどうしてこんな所で寝ているのだろうと側にある椅子に腰を下ろして、彼はを観察した。
すやすやと穏やかに眠る彼女の頬をつんつんと突いてみる。
「うえ??」
弾力ある頬が白雄の指を押し返し、その衝撃で少女が目を覚ます。しぱしぱ、と瞬きをして椅子に座った彼を見る少女の瞳はまだどこか夢から覚めていないようにとろんとしていた。
「おはよう」
「おはよご、じゃます」
微笑んで寝起きの彼女に挨拶をする。本来であれば彼女が先に膝を折り頭を下げなくてはいけない程の地位にいる白雄だったが、大らかな性格をしている彼は彼女の様子を見ても、どうやら俺のことを知らないようだ、という程度しか気に止めない。
しかも、彼女の態度よりも気になったのは彼女の言葉使いだ。もしかして紅覇はトランの民を拾ってきたのだろうか。見た目は違うようだが、そうでなければ言葉が上手く話せない理由にならない。そう思ってトラン語で訊ねてみるものの、彼女はきょとんと首を傾げるばかり。どうやら、トランの民ではないらしい。
では、少女はいったい何者なのか。気になったが今はとりあえず、此処で寝ていた訳を訊くことにした。
「そこで何をしているんだ?」
「こーは かくれんぼ する」
「紅覇とかくれんぼをしているのか?」
「?ん、そ」
白雄を見上げて時折首を傾げて言葉の意味を考えながら答えてくれた少女にそうか、と笑った。そこにぱたぱたと軽やかな足音がやってくる。
――〜、どこぉ〜?
その声に慌てて再び机の中に引っ込む少女。どうやら彼女の名はというらしい。かくれんぼであるというのに名を呼んで探している紅覇に面白いなぁと思う白雄。
「しーっ!ね?ね?」
「ん〜…」
真面目な顔で人差し指を口に当てて黙っていてくれとお願いしてくるに曖昧な声を返す。たぶん、紅覇はここにがいることが分かっていてやって来ているから、自分が黙っていてもすぐに見つかってしまうだろう。
そんな意味を込めて彼は唸ったが、当の彼女はそのことに気付いていない様子でぴたりと口を閉じて必死に気配を消そうとしている。白雄からしてみればだだ漏れでしかないのだが。
そこにバタンと勢いよく扉を開けて入ってきた、自信満々な様子の紅覇。
「あれ、雄兄様!そこにいるでしょぉ〜」
「ああ、いるな」
「めっ!みつける めーよ!」
最初白雄の姿にきょとんとして礼をした彼だったが、彼がいる机にすぐさま視線を向ける。やはり紅覇は彼女がここにいることは分かっているようで、誤魔化しても意味がないことゆえ白雄が素直に告げれば、机の下で隠れていた彼女が彼の着物をくいくい引っ張ってひそひそ声で注意してくる。
「めっ」なんて言葉を投げられたのはいつぶりだろうか、と面白くなってくつくつ笑ってしまった。そんなことをしている間に紅覇はとことことやって来て、彼女が隠れている机の下を覗きこんだ。
「はいみ〜っけ!」
『ああ…もう、せっかく隠れてたのにどうして教えてしまうんですか…紅覇の特訓になりません!』
紅覇に見つかったは恨めしそうに、何やら白雄には分からない言葉でぷりぷり怒っている。彼女が見つかったのは必然的であったが、可哀想なのでぽんぽんと頭を撫でてやれば、彼女はそれで渋々許してくれたようだ。
机の下から這い出て立った彼女は紅覇に乱れた髪を直してもらっている。
「紅覇、この娘は何者だ?」
「えへへ〜良いでしょ〜!は異世界人なんだよ!僕の遊び相手なんだ。雄兄様にはあげないからねぇ〜」
「はは、そうか」
先程から気になっていることを紅覇に訊ねてみれば、何と彼女は異世界人だったようだ。お守り的存在である異世界人、などというお伽噺でしか出てこない存在がこの世界にいたことに驚きつつも、そんな彼女を見つけて煌帝国に連れ帰ってきた彼にも感心する。
ぎゅうっとを抱きしめて独占欲を露わにする紅覇に、締め付けが強いのかぐえと蛙のような声を上げる。紅覇のように素直に独占欲を丸出しにされると微笑ましいものだな、なんて従弟の可愛い自己主張に笑う。これが紅炎であったらこうはいかないだろうなぁ、と随分前から可愛くなくなってしまった従弟を思い浮かべた。あれはもう俺の背を越えてしまったからなぁ。なんて、若干羨ましく思う白雄。
「ほら、。挨拶!こちらは煌帝国皇帝の白雄陛下だよ」
『??……皇帝!?わわわ私皇帝陛下に何てことをやってしまったんだ…!!』
紅覇の説明を聞いて、暫くぽかんとしていただったが次第に言葉を理解したのだろう、途端に慌てだして顔を青くした。大方先程までの自分の行動を思い出して何てことを!!と後悔したに違いない。
だがそんなことで腹を立てる程懐が狭い白雄ではない。彼女は何も知らなかったのだから仕方ないのだ。
「は、はじゅめめして ともう しましゅ」
「よろしく、
長くて滑らかな台詞は苦手なのか所々間違えながら挨拶をしたに、前より上手くなったじゃんと褒める紅覇。それににこぉっと嬉しそうに笑う彼女の周りには何やら愛らしい花が浮かんでいるように見える。
白蓮たちにもこの娘のことを教えてやろう、と白雄は思ったのだった。


2015/05/30

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