星屑をお皿の上に並べて

 菓子類を与えれば簡単に絆されるの性質を見抜いた紅炎が、それからというもののやたらと愛玩動物感覚でにちょっかいを出してくるのは日常茶飯事となりつつあった。風の噂で彼女の性質を知った紅明もそうやって紅覇のもとから彼女を連れ出して鳩と共にを並べて癒されているようである。
餌付けされている異世界人の女――はその事実に気付いていながらも、お菓子には何の罪もないのだと甘受している。プライドがないにも程がある。しかも貰ったお菓子をその場で食べないで持ち帰り、鳴鳳や純々たちと一緒に食べるという庶民臭いが可愛らしいことまでしてしまうので、鳴鳳たちは余計に彼女を可愛がった。
しかし気にくわないのは紅覇である。自分が見つけた異世界人だというのに、兄たちに横取りされた気分の彼は最近少し機嫌が悪い。
「こうは〜?なに〜?」
「別にぃ」
いつも一緒にいる紅覇の話し方が少しばかり移っているが、座っている彼に抱きしめられて身動きが出来ないとばかりに彼を振り返る。彼としてはこの年下の少女に自身の心の中を読まれるなどもっての他なので、ただ頬を膨らませてぷいと窓の外を見やる。実際はの方が彼よりも2つばかり年上で二十歳なのだが。このように誤解されるのは偏に彼女の言動が子供と大差ないからだろう。
ずるいずるいと彼にすり寄ってくる純々たちのことを撫でながらも紅覇のむすっとした表情は変わらない。
『君は本当に困った少年だなぁ、紅覇君』
「なぁに〜?」
ぶすくれた様子でをぎゅうぎゅうと腕に閉じ込めようとする紅覇に、はにこにこと笑う。年の離れた弟がいたからか、彼のことも可愛い弟分のような感じで見ていたので――普段はとても頼りになるが――こうやって甘えた様子の彼を見られるのは少し嬉しい。
確か弟もたまにこうやって不機嫌な様子でぎゅうぎゅうと腰にしがみ付いてくることもあったなぁ、とその時の対処法を彼にもしてみる。つまりは、よしよしと抱きしめ返してやった。
「こうは、いいこ、ね〜」
「僕、子どもじゃないんだけどぉ」
ね〜、と彼の顔を覗きこもうとしたら彼はぐりぐりと額を肩口に押し付けてくる。彼のさらさらとした痛みのない髪の毛が首に当たってくすぐったい、とはけらけら笑った。
どうやら彼は照れているらしい。顔を見せないようにの肩口に顔を埋めている彼を見ながらそんなことを考える。
暫くして機嫌が直った紅覇は「今日はずっと一緒にいること〜!」とに約束させて、鍛錬に付き合わせたのだった。

ばったりと中庭で紅明と出会った。どうやら彼は今まで軍議に参加していたようだ。ボサボサになった髪の毛に紅覇が「妖怪」と称する――彼女はおばけだと解釈している――のも分かるかもしれないと心中は溢す。しかし、煌帝国へ来てから既に3週間、この頃になれば彼女は言葉で説明されなくとも彼らが尊い身分であることを理解していた。最近では彼らに敬称を使うことも出来るようになったのだ(付けなくて良いと言った紅覇は除く)。
だからと言って、それを行動に移すことはまだ出来ていないのだが。
「こんにちは、こーめいさま」
「こんにちは、
疲れた様子でありながらもおいでと手招きされれば、みるみるうちにの表情は綻ぶ。紅明はいつどこで会うか分からないの為に日頃から菓子を持ち歩くようにしているからだ。
手を出しなさいと言われ、両手を彼に向ければ、そこに色とりどりの星粒が乗せられる。
金平糖だ!とはしゃげば、とけないうちにお食べと彼は言う。彼の後ろに立っている忠雲には少し笑われてしまった。
「こうめいさま ありまと!」
「良いんですよ」
ぽりぽりと金平糖をリスのように頬張る彼女の頭を紅明は撫でる。こうやっているとまるで鳩に餌をやっている時のように心が安らぐのだ、と以前彼が言っていたのを知っている忠雲は何も言わないで見守るだけだ。
お菓子を与える代わりに癒してもらう、というどことなくギブアンドテイクな関係である彼らに、紅明様をここまで癒すとはという少女も中々の強者であると忠雲は思った。

 紅明と別れたは本来の目的である、紅炎のもとに書類を届けるという任務に戻ることにした。普段はと遊んだり眷属たちと鍛錬している紅覇が珍しく書類整理というものをやったので、彼女が頼まれたのだ。紅覇の遊び相手のに仕事を任せることは些か不安である様子の従者たちだったが、これは彼女にとって初めてのおつかいである。おつかいというと少し砕けすぎであるが、つまりは紅覇は彼女がこの禁城にどれだけ慣れたかを見極めるつもりだったのだ。
ということで、実は彼は純々たちを従えてしっかりとの後ろに付いてきている。勿論彼女に気付かれないように透視魔法をかけてもらっているが。それ故先程の餌付け風景もばっちり彼に確認されていた。
「まぁた明兄からお菓子貰って〜」
「ですが紅明様に敬称を使うことが出来ているようですよ」
仮にも仕事中なのに、と文句を言っている紅覇に純々が彼女のフォローを入れる。以前であればまだ敬称の意味を理解していなかった彼女がちゃんと忘れずに“様”を付けることが出来ているのだ。少しばかり成長したと言える。
確かに、と頷いた紅覇にほっとした純々たちは、きょろきょろと紅炎の執務室までの道のりに迷っている様子の彼女を見守る。
『あれ?紅炎様の部屋はあっちだったっけ?』
誰に話しかけるわけでもなく彼女の世界の言語で一人ぶつぶつと右往左往しているに、紅覇は「方向音痴め」と小さく呟いた。全く、禁城は確かに広いがこの程度で迷われては遠征に出かけてはぐれた場合どうやって自分の下に帰ってくるのか。
彼女の動向に一抹の不安を感じているそこに、手前から白瑛の従者である青瞬がやって来た。それにぱっと表情を明るくする
「こんにちは!せいしゅん!」
「こんにちは、殿」
ぺこりとお互いに礼の姿勢を取った彼女たち。はえーとと言葉を選びながら青瞬に訊ねた。
「こうえんさま へや いく、したい」
「ああ、紅炎様の部屋なら――」
書類が腕から落ちないように気を付けながらも身振り手振りでどうにか意思を伝えれば、青瞬はそれを理解したようだった。この道を真っ直ぐ行って、あそこに見える龍が付いた赤い屋根の屋敷を右に曲がるんですよ。丁寧に教えてくれた彼に、彼女はふんふんと頷いているけれど、本当に理解しているのか不安である。
それは青瞬も同じだったのか、近いから一緒に行きましょうかと彼女の隣を歩きだした。
「せいしゅんありまと!」
「どういたしまして」
とことこと小さい者同士が歩く様を見つめる紅覇たち。どうやら禁城の構造にはまだ慣れていないようだが友人に頼るという能力は身に着けているらしいと紅覇は違う面で少し安心した。

とんとん、と紅炎の執務室の扉を開く。彼の部屋まで案内してくれた青瞬は優しいことに扉の前に立っている武官にの要件を伝えてくれたようだった。優しい彼とは別れ、一人紅炎の部屋に入ったは「こうえんさま」と彼の姿を探す。
仕事をする筈の机に何故かいない紅炎に、きょろきょろと視線を彷徨わせる。しかし、こっちだと言う声が奥の扉から聞こえてきてはそこに向かった。
「こうえんさま、こうは しょ…しょれい?した」
「そうか、そこに置け」
紅炎は大きな腰掛けに座って巻物を持っていた。どうやら執務室にいないということは、今は休憩の時間なのだろう。彼女は彼に言われた通り書類を近くのサイドテーブルに重ねる。
ご苦労だったな、と言い手招く彼に近付く。駄賃だ。差し出した手の平の上に紅明と同じく金平糖を散りばめた彼に目を見開く。
今日はお2人からお菓子を貰えるし、それに、紅炎と紅明が兄弟らしく同じ行動をしているのを拝めてなんてすごく良い日だ。
くふくふ、と変な笑い声を上げるに紅炎は不思議そうに視線をやりながらも特にそれについて言及することはない。
「迷子になるなよ」
「はぁい!」
紅覇と同じようにどことなく間延びした言葉使いのがぺこりと礼をして部屋から出ていくのを紅炎は眺めた。
紅炎の部屋から出たは晴れ晴れとした気持ちで帰路に着く。早く紅覇のもとに帰ってちゃんと紅炎に書類を渡したことを報告しようっと!
るんるんと鼻歌交じりで道を行く彼女は先程通った道を引き帰していった。


2015/05/27

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