迷える子ひつじにナイトを

――キッド船長たちに置いていかれて既に数十分。私は出かける前に彼らが最終目的地として言っていた一番グローブを目指して歩いていた。しかしこの島はとても広いせいで中々その一番グローブに辿り着かない。
出かけた当初のうきうきしていた気分は今は影も形もなく、私はとぼとぼと歩いていた。
『なんで私のこと忘れるのぉ……うう…さみしい』
私を置いて行った彼らにぶつぶつと文句を言いながら歩く。くそう、皆のご飯減らしてやる。
私はそんなことを思いながらひたすら歩くことに専念することにした。


『ケイミーが攫われたァあああ!!』
チョッパーから電伝虫の連絡を受けて、俺たちはすぐにトビウオライダーズと共にサニー号を飛び出した。
――くそっ、ケイミーちゃん無事でいてくれると良いんだが。
しかし彼女は人魚だ。人魚を欲しがっている人間は数多くいるし、どこのどいつが彼女を売りとばしたのかも分からない。なるべく早く彼女を見つけ出さなければ手遅れになってしまう。なのに、
「何でこの牛一番遅ェんだよ!!!てめェヘッドだろ、デュバル!!」
「――え!?今ハンサムって…」
「言ってねェよ!!」
こんなんだったらウソップたちと同じようにトビウオに乗ればよかった。そう思って項垂れた。しかし今更嘆いても遅い。どうにかしてこいつを急かして彼女を見つけ出さなければ。
「――ん?ありゃぁ…」
ふと、牛の上から陸に目を向けると一人の女の子が目に入った。その子は一人とぼとぼと歩いている上に俯いていて、見ていてとても危なっかしい。その周りを今か今かと彼女を狙っている輩もいて、どうやらそれに彼女は気付いていないようで俺は今すぐにでも助けに行きたい衝動に駆られた。きっとあいつらも人攫いの人間なのだろう。しかし今はケイミーちゃんを救い出すのに一刻を争う時。
――くそォオ!!俺はどうすれば良いんだ。どっちかしかなんて俺には選べねェ!!
「きっどせんちょー…どこぉ…?」
しかし、俺の鼓膜は彼女の涙が落ちる音を聞いた。ぽたりと彼女の悲しさを表すその音に、俺は思わず牛の上から島に飛びあがった。
「ええ!!?若旦那!?」
「すぐ戻る!」
げへへと下卑た笑みを浮かべながら彼女に近づく男たち。彼女はようやくそこで彼らの存在に気付いたようだ。足を止めて彼らをきょとんと見上げている。駄目だ、そこで止まったりしたら。本当は今すぐにでも逃げなきゃいけないのに。
「お嬢ちゃん、美味しいものやるから一緒に来ないかい?”キッド船長”の所に案内してあげよう」
「??きっどせんちょー、しってる?」
「ちょぉっと待ったァアア!!」
ああ、知ってるよ。そう言った男が彼女の腕を引きそうになったその瞬間、俺は全力で駆けた勢いのままその男から彼女を奪い取る。突然現れた俺に、彼女も男たちも目を丸くしている。危ねェ、あと少しでこのお嬢さんがこの薄汚い手で汚されるところだった。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「??うん、ない??」
男たちから少し離れた所で、俺は彼女に何一つ怪我が無いことを確認して安心した。どうやら彼女は自分が攫われそうになっていたことにすら気づいていないようだった。こんな純粋な少女を攫おうとするなんて…許せねェ。
ケイミーちゃんのことで気が立っていた俺は、横取りされたと怒って襲い掛かってきた男たちを数秒もかからないうちに伸した。
そしてそのまま彼女を腕に抱えてデュバルの所まで走って牛の上に飛び乗る。彼女はいきなりの浮遊感に吃驚したようで俺の首に抱き着いた。なはは〜、抱き着かれちゃった。
「ああ…お嬢さんすまない、こんな牛の上にお連れして。でも今は急いでいてね。俺はサンジ。君は?」
「??わ、わたし。あの、まいご…」
牛の上に慎重に彼女を下ろした。ちんまりとした彼女の名はというらしい。ちゃんかぁ、可愛いなぁ。彼女の名前を知れたことにでへへと顔を緩めてしまう。しかし彼女が俺を見上げていることに気が付き慌てて顔を元に戻す。
「迷子?誰かと一緒にいたのかい?」
「えと…きっどせんちょーといっしょ。いちばんぐろーぶにいく」
たどたどしく言葉を紡ぐ彼女。何か事情があって上手く言葉を話せないのだろうか。まるで子供のように話す彼女はそれでも俺に言いたいことを伝えようと一生懸命で、俺はその姿が可愛すぎて鼻血を出すかと思った。
キッド船長がどいつだか知らないが、彼女には目的地がちゃんとあるらしい。しかし一番グローブとはこんな危機感が全くない彼女が一人で歩くには危険な場所だ。先程も攫われかけていることにすら気づいていなかったのだから。少し時間はかかるだろうが、ケイミーちゃんを助け出してから彼女を送っていくのが得策だろう。そのことを彼女に伝えれば、彼女はありがとうと笑ってくれた。先程まで目に涙を浮かべていた彼女がこうやって笑顔になってくれたことが嬉しくて俺はもちろ〜ん!と叫んだ。
「ところで、船長ってことはちゃんはどっかの船に乗ってるのかい?」
「わたし、コック。りょうりつくる」
にこっと笑った彼女の言葉に、今度は俺が驚いた。まさかコック仲間とこの海で出会うとは。しかもこんなに可愛いコックと。
「そうなんだ、俺も実はコックなんだよ!ちゃんと一緒だね」
「ほんとう?」
彼女も俺と同じように驚いてすごいねと手を叩いた。くそう羨ましいぜ。ちゃんの手作り料理を毎日食べてるやつら。俺は今まで女の子が作った料理を食べたことが無いからなァ。こういう話を聞くとすごく新鮮だ。あ、いや決してナミさんやロビンちゃんに対する文句などではなくって。俺の幸せは彼女たちに料理を振舞うことでもあるからな。でも、女の子が作った料理に興味が無いわけではない。
ちゃんの得意料理は?」
「えと、わたしまだべんきょうちゅう。かれーとくい、あとはんばーぐ」
ぐはあ!カレーとハンバーグかぁ!めちゃくちゃ家庭的じゃねェかぁあ。やべェ、めちゃくちゃ食べてみたい。どっちも俺の好きな料理だ。そりゃあさぞかし彼女の料理を食っている奴らは幸せなんだろうな。
少しもじもじしながらそう言った彼女に、勉強してるなんて偉いねと言葉を返した。そうすれば彼女はそうかなと首を傾げる。
「みんなのえがおすき。えと、ごはんたべるとき」
「ああ、自分が作ったのを美味しそうに食べてくれると嬉しいよね」
ちゃんはその仲間のことを考えているのか、より笑顔になる。きっと美味しそうに食べてくれる時の彼らを思い出しているのだろう。しかし、何かを思い出したのか次の瞬間彼女の笑みは消えてしまい、むすっとして悲しそうな表情に変化してしまった。いったい、どうしたんだ。
「けど、きっどせんちょーたち、わたしおいていった」
「何ィィイイ!!?」
わすれられたと寂しそうに小さく呟く彼女に、思わず大きな声を出してしまった。彼女の料理を毎日食べている幸せ者のくせにそいつらはちゃんを忘れて置いて行っただとォオオ!!??許せん!!
鼻息荒くなった俺に、彼女は目を丸くして俺を見上げた。
「よし。俺がそいつら蹴り飛ばしてやる」
「え?……だめ、だめ。ける、なし!」
どうやら彼女は置いて行かれたとしてもそいつらのことが大事みたいだ。ぶんぶん手を振って全身で駄目と表している。くそっ、こんなにちゃんに思われているってのになんでそいつらは彼女のことを置いて行ったりするんだ。置いて行かれたのに、健気な彼女を見ているとそういった気持ちがぐつぐつと煮え立つ。


「お、お前ら集まったか」
「時間ぴったりだ」
集合場所として決めていた一番グローブのヒューマンショップの前で、ユースタス・キッドとその仲間たちが集まった。今まで自由行動をしていた彼らは全員が集まったところで店の中に入ろうとするが、ふと辺りを見渡して声を上げたキラーによってそれは止まる。
「おい、キッド。ところではどこなんだ?」
「あ?あいつならすぐ後ろに……あ?なんであいついねェんだ?」
彼はいつもならキッドの傍にいる彼女が見えないことを不思議に思ったのだが、キッドから返ってきた言葉によってこの場の空気が固まる。さっきまで一緒にいたのに何でいねェんだ!?そう彼らが慌てだすまであと一秒。


 そんな状態を知らない俺はデュバルからムナクソの悪くなる人魚の相場とやらが書かれた紙を見てさらに気分を悪化させた。ケイミーちゃんが一生奴隷になんてなってたまるかってんだ。
「どうしたの?さんじ」
「ああ、ごめんよ。友達が攫われちゃってね、今から助けに行くところなんだ」
ケイミーちゃんが人魚で、彼女を狙って捕まえようとする者たちはいくらでもいるのだと彼女に説明をすると、彼女は人魚が本当にこの世にいるのだということに驚いたり、彼女が危機的状況に陥っていることに顔を青褪めさせた。本来だったらこんな状況ではタバコの三本程度を一気に吸っておかないと苛立ちが治まらないが、彼女が居てくれるおかげでそこまで酷い苛立ちにはつながらない。
『こちら五番機。”人生バラ色ライダーズ”全機へ!!聞こえますか?犯人は――”ハウンドペッツ”!!!場所は一番グローブ!』
小型電伝虫から聞こえた内容に浮き足出つ。どうやら彼女が目指している場所と俺たちの目的地は一緒だったようだ。ああ、お願いだから早く着け。オークション開始時間を三十分も過ぎているという報告を聞いた俺は涙目になる。ちゃんはそんな俺を見てわたわたしながら頭を撫でてくれた。ああ、何て優しいんだ。
さて、ようやく一番グローブのヒューマンショップが見えてきた。彼女を守りつつ、ケイミーちゃんを救わなければ。


2013/05/26

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