あなたは私のヒーロー

 この春島でお花見をすることになった私たちはそれの準備に追われていた。酒のつまみにはかかせねェとかいう船長のリクエストに応える為になんちゃらという料理をキラーに教えてもらいながら量産していく。
いつも読んでいる料理本とは違って単純にしか書いてないそれを彼が説明してくれているおかげで、私はただ料理を作ることに集中できていた。
「次はそれの上にチーズを乗せる」
「ちーず…」
ほくほくしているジャガイモ、ベーコン、玉ねぎの混ざったものの上に溶けるチーズを大量に乗せていく。そんなにかけなくても、と思ったがキッド船長の好みはこれくらいらしい。
オーブンで先に焼いていた料理を取り出して、丁度厨房に来たワイヤーにその料理を持って行ってもらうことにした。彼なら船の下に置いてあるカートまで安全に持って行ってくれるだろうと考慮した結果だ。
「あつい、きをつけて」
「ああ、美味そうだ」
彼はにっこりと笑って私の手から大きなお皿を持って厨房を出て行った。
――何種類ものつまみと料理を作ってくたくたになってしまった。疲れた私を気遣って説明役をかって出てくれたキラーが紅茶を差し出してくれる。それに口をつけてほうと溜息を漏らすと、お疲れと頭を撫でられた。
「さて、そろそろ行くか。席も取れてるだろうし」
「うん」
私たちは良い匂いを放つ厨房から出て、待っている皆の所に向かった。


「おー!うめェうめェ!!」
「さすがだな!」
わいわいがやがやとしながら、酒や持ってきた食料をつまむ彼ら。見事な桜の木の下でどんちゃん騒ぎをする彼らを見て、私は小さく笑った。これでは日本の、お花見にやって来たおじさんたちのグループと何ら変わりないではないか。わはは、と上機嫌で顔を赤らめた彼らは桜など見ていない。私はもちろん、料理をつまみながら風に煽られている桜を眺めていたけれど。
、立派な桜だろ?」
「うん」
私の隣で酒をぐびぐびと飲んでいたキッド船長は顔を赤くすることもなく、全然酔った様子でもなくしっかりとした目で私を見た。私が頷くと満足そうに彼の声が優しくなる。優しくなる、というよりはたぶんアルコールが回って話すのがゆっくりになっているだけかもしれないけれど。でも、私のことを見下ろす目付きはいつもより幾分か柔らかいものになっているし、強ち間違ってはいないのだと思う。
彼は私の作ったおつまみをほとんど平らげてしまっていた。空になった大きな弁当箱を見て、おいとまだ余っている弁当箱を寄こすように命令している。ゆっくり食べようと思ってたのにー!とそこに溜まっていた男たちはやや不満気にしていたけれど大人しく彼に渡した。彼がそのつまみをとても好んでいることに彼らはよく心得ているからだろう。
――好きな桜と、仲間の彼ら。それが同時にあることが嬉しくて、春島での滞在は私にとって忘れられない旅の一部になった。


――ドォオン!!
大きな音が響く。いつものように、キッド船長の部屋でこの世界のことを教えてもらっていた私は突然の砲撃の音に吃驚して慌てた。しかし、彼は冷静に敵襲か、と呟いた。てきしゅうって何?心なしか嬉しそうな顔をした彼に問う。そうすれば、彼はぱぱぱっと絵に描いて説明してくれた。てきしゅう、って敵襲のことか!!
さあっと顔を青くさせた私に彼はここにいろよと言って徐に立ち上がる。
「ちゃんと鍵を閉めとけ。分かったか?」
「うん、かぎしめる」
扉を閉める際に彼が思い出したように言った言葉に頷く。上でわあわあと騒いでいる声が聞こえた。戦闘が始まったのだ。彼は一度私の髪をくしゃりと撫でてファーコートを翻して戦いに赴いて行った。
『皆が怪我しませんように…!』
私は彼に言われた通りに扉に鍵をしてソファの上で縮こまる。
――カキン、カキン!パァン!
刀同士がぶつかり合う音や、発砲する音が頭上から聞こえる。どたばたと走り回る音も響き渡り、かなり派手な戦いをしているのだと分かる。一刻も早くこの戦いが終わりますようにと願っていた私は、この時間がとても長く感じられた。
『!!?』
突如、がちゃがちゃとこの部屋のドアノブが回された。しかし、彼の命令に忠実に従った私のおかげでここには鍵がかかっていて容易には開けられない。キラーやヒートたちだったら外から私の名を呼んでくれるはずだ。それにまだ甲板で戦っている音が聞こえる。もしかしたら、今この扉を開けようとしているのは、彼らが戦っている敵かもしれない。そう思ったら一気に恐ろしくなって、私はこの部屋の壁に飾られている剣の元にそうっと近づいてそれを手に持った。ずしっとした重みに思わず落としそうになるけれど、辛うじて落とすことは無かった。お、落とさなくて良かった。落ちたら、音で中に私がいるってことが知られてしまう。
がちゃがちゃとドアノブを回していた音が途絶えた。諦めたのかな?ほっとした瞬間、ドオンッという派手な音を響かせて破壊された扉。たまたま壁際に寄っていた私はそれの被害に巻き込まれることはなかったけれど、そこから入ってきた一人の男を見て、びくりと肩を震わせた。細いが、筋肉質な身体をした男だった。
へへへ、といやらしい笑みを浮かべてこの部屋の中に足を踏み入れた彼は、すたすたと私に近づいてくる。
「船長の部屋にいるってことは、お前はあいつ専属の娼婦か何かか?ロリコンだったとはな、驚きだぜ」
「???こないで!」
彼の言っていることは理解できない。けれど、彼は敵だ。私に危害を加えることなんて分かりきっている。だから、私は持ち上げるのにさえ苦労する剣を構えて彼を威嚇した。彼はそれを見て更に軽薄な笑みを浮かべる。
――怖い。
「女の子はそんな危ない物持っちゃ駄目だよ〜」
「ああっ!!」
躊躇せず私の懐に入ってきた彼は私の手から剣を叩き落として、尚且つ腹部に軽く拳を入れられた私は床に倒れて痛みに悶えた。げほげほと咳き込んだ私を、男が見下ろす。
――ごめんなさい、キッド船長。私、役に立つどころか、足手まといにしかならないよ。
こぼれそうになる涙をなんとか堪えていると、男は何かを思案した末にニヤリと笑った。
「慰めにもならなさそうだが、他人の物を汚すのは面白いからなァ」
「なにっ?や!!」
がばりと私に覆いかぶさってきた男。べろりと首筋を舐められてぞわりと鳥肌が立った。抵抗しようと思って彼に拳を振り上げようとしたが、それも簡単に頭上でまとめられてしまって、抵抗する術を失う。
『ひっ』
「良いなァ、その怯える顔」
がたがたと震える私を見下ろして男はげらげらと笑い声を上げた。それは益々私の恐怖を煽るばかりだ。
――やだ、怖いよ。気持ち悪い。気持ち悪い。やだやだやだ!!!助けて!キッド船長!!
「きっどせんちょ…っ!!!」
ぽろりと涙がこぼれる。渾身の力で叫ぼうとした彼の名は、恐怖で擦れた音にしかならなかった。
しかし次の瞬間私の上からどかっという音を上げて消えた男によって、私は怒りの形相をしているキッド船長を見ることが出来た。
「き、っどせんちょぉっ」
彼が助けに来てくれた。安心の余りにぼろぼろと涙が溢れだす。
彼はまず私を見て、次いで床に転がった抜身の剣を見て、最後に床で悶えている男を見た。
「テメェ…ッッ」
彼は地獄の底から吐き出したような低音で唸って、ふらりと立ち上がった男に殴りかかった。ばきっという凄まじい音が響いて男がまた床に倒れる。
「ぐあ!!ぎゃっ」
彼は嚇怒しているようだった。言葉を発することなく、鬼のような形相で男を殴り続けている。最初は殴る度に上がっていた声も徐々に小さくなっていく。
私はそれを震えながら見ていることしか出来なかった。
「きっどせんちょー、やめて」
返事は帰ってこない。彼は我を忘れたように男を殴り続けていた。男の吐き出した血反吐が彼の拳と床を汚す。
やめてよ、このままじゃあの人死んじゃう。キッド船長のこんな姿見たくないよ。
「やめて!きっどせんちょー…っ」
腰が抜けて立ち上がることが出来ずに、ぺたぺたと床を這って彼のコートを引っ張る。ぐずぐずと涙は止まらずに、嗚咽が込み上げる。彼はそれでも怒りが収まらないのか、私の言葉に耳を傾けなかった。
!キッド…ッ」
「きらぁー!」
慌てて駆け込んできた彼に顔を向ける。彼はすぐさま状況を把握したのか、後からやってきたワイヤーに私のことを託して彼に近づいた。
「おい、キッド。もうやめろ」
「………ああ?」
ぎろりと下からキラーのことを睨み上げた彼は私が今まで見たこともないような怖い顔をしていた。ひく、ぐすっと啜り泣いている私のことをワイヤーが抱き上げて涙を拭う。
「こいつが何をしようとしてたのか分かってんのか?」
「だがこれ以上に残酷な場面を見せるのは良くない」
トラウマを植え付けたいのか?そう言われた彼は、ぴくぴくと痙攣している男をちらりと見下ろし、数秒考えた末にはぁ……と大きな溜息を吐き立ち上がった。
海に捨ててこい。そう言った彼はワイヤーに抱き上げられた私のもとにやって来て悪かったなと謝った。
「…なんで?なんで、きっどせんちょうあやまる?」
「お前を怖がらせた」
ぐずぐずと鼻を啜っている私の涙を無骨な指で拭う彼。私はそれを享受しながら彼を見つめた。未だ怒りは収まらないのかまだ怖い顔をしているけれど、それは先程に比べたらはるかにましだった。
怖がらせた?確かに我を忘れてあの人を殴り殺そうとしているキッド船長は怖かった。だけど、彼は私を助けてくれたのだ。絶対絶命の時に助けに来てくれた恩人だ。謝る必要なんてない。むしろ、足手まといにしかならない私の方が謝るべきなのに。
「きっど、せんちょうは、ひーろー。わたし、なにもできない。ごめんなさぁいっ」
「そんなことない、お前は戦おうとしただろ」
またわんわんと泣き出した私に、お願いだから泣くなよと彼は困ったように私の頭をぐりぐり撫でる。さっきまで泣き止んでたのに、そうワイヤーが彼と同じように常より更に眉を下げて私をあやそうとした。
――悲しい。私は、大好きな皆の足手まといにしかならない。そう思ったら、私は喪失感だとか申し訳なさを感じて暫く泣き止むことが出来なかった。


2013/05/22

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