裸足でどうぞ

 船の上が騒がしい。そう思ったらぴたりとその騒音が止まった。どうせ賞金稼ぎたちが襲ってきてキラーが退治したんだろう。
ふわぁと大きく欠伸をしながら縄梯子を上る。町に向かっていた連中もぞろぞろと俺の後ろからついて船に上った。
「キラー、お前派手に暴れたな」
辺りに転がっている数十人はあるだろう死体を見て呟く。当の本人はどこにいるんだと思って視線を彷徨わせると視界に入る金髪の後ろ姿と――一人の少女。
いったいどういうことだ。なぜ俺の船に女が乗っている。
「おい、キラー。説明しろ」
「キッド。帰ったか」
おーおー、死んでらァ。甲板に転がる死体に声を上げている船員たちにちらりと視線を向けて彼は俺を見た。その背には俺の胸下程度しかない少女が遠慮がちにしがみ付いており、恐る恐るこちらを窺っている。
その少女に気が付いた船員たちが興味深々といった体で見つめてくるのを感じながら俺はキラーの説明を待った。こいつらも、普段彼がこんな風に女子供に懐かれるような性質ではないことを知っているからウズウズしているのだろう。
「こいつはだ。空から落ちてきた。その後賞金稼ぎ達が襲ってきて倒したが、生き残った奴に銃を撃たれそうになった所を助けてもらった」
「お前がこんなガキに助けられるなんてなァ、笑える話だ」
違いない。そう返ってきた言葉は常よりも柔らかい響きを持っていて、俺はキラーがこのガキに絆されたことを理解した。ったく、こんなガキがキラーを助けるなんて、本当に想像できない。チビでひ弱で能力者になんて到底見えないからだ。だが、彼がそういった嘘を吐くことがないと知っている俺はそれを信じるしかなかった。
「おい、お前。何で空から落ちてきた?」
「??」
「キッド、は俺たちの言葉を知らないんだ」
そんな怖い顔して言ったら怯えるぞ、キッドの頭。後ろでヒートがそう小さい声で囁くのが聞こえたが無視をした。
言葉を知らねェってどういうことだ。そんな人間この世界にいるのか?そう思ってと呼ばれたガキを見下ろすが、やはり何を言っているのだろうという顔をして俺のことを見上げてくる。
イラッとして軽く睨むとぴやっとキラーの背に隠れる彼女。ほぉ、随分懐かれているようだな、キラー。
俺に失礼な態度をしたガキをそのままにするわけにもいかず、俺はずんずんとキラーに近づいて、コイツの後ろに隠れているガキをつまみ出した。文字通り襟首を掴んで。
「おい、キッド…!」
「悪いようにはしねェよ」
『く、くるし…!!』
じたばたともがくを自分の目線にまで上げる。軽い。簡単に吹っ飛ばしてしまえそうな重さを腕に感じながら、じっくりと彼女の顔を眺める。
首が締まっているせいで顔は赤い。髪は猫毛のようにふわふわしている黒髪。先程まで泣いていたのか、少し目元が赤くなっている。そろそろ危ないか。そう思い、床に下ろす。
げほごほと噎せている彼女は、キラーに背を撫でられていた。その様子に周りがざわざわと五月蠅くなる。こんな風に他人を気に掛ける彼を見るのは俺も初めてで、軽く目を見開いたがすぐにそれを隠し、再び口を開いた。
「そんな奴捨ててこい」
思った通り、キラーはそれには反対らしく無言で俺を見上げた。徐に立ち上がった彼はまた自分の背に彼女を隠す。それはまるで子猫を守る母猫のようだった。
「ところで、コックは見つかったのか?」
「は?…いや、いなかった」
突如変わった話の流れに、取りあえず返事をする。一体どういうことだ?キラーの真意が窺えなくて、内心首を捻る。
――実は、この島に上陸する前に俺の船のコックは死んでしまった。それは海賊をしていたら必ずぶつかる他の船との交戦の為だった。その男は俺と同じくらい血の気の多い奴で、いつも戦闘の度に我先にと敵へ向かって行っていたのだ。
そして俺たちは物資調達もかねて、新しいコックを探そうと町に繰り出した。しかし、海賊船のコックになりたいだなんていう物好きはおらず、結局何も収穫がないまま帰ってきたのだ。
「じゃあ、をコックにすれば良い」
「てめェ、正気か?」
ふと言葉を発した彼に、漸く彼の思惑が理解できた。コイツはこのガキを俺の船に乗せてコックをやらせようとしているのだ。こんな役に立ちそうもないガキ、しかも女を船に乗せようだなんて冗談じゃない。
、お前は料理が出来るか?」
「……できる。すこし…」
言葉を知らないという彼女の為にゆっくりと発音する彼は、子供のようにたどたどしい発音をしたが望む回答を彼女から得られて満足しているようだった。
何も問題はあるまいといった視線を投げかけられて、俺は言葉が詰まる。確かにコックがいなくて苦労をするのは俺たちだ。料理がろくに出来ない奴が食べ物を腐らせてそれを出されて皆で食中毒になるのはまっぴらだ。
はぁ…と大きく溜息を吐く。こうなったキラーは俺が頷くまで決して諦めないだろう。昔からの付き合いということもあって、それは容易に想像できた。
「仕方ねェな…。好きにしろ」
「え!良いんですか、お頭!!」
周りで静かに見守っていた男達は俺の言葉に驚きの声を上げた。しかし俺は「ああ」と言ってその場から立ち去る。全く、キラーの頑固にも困ったもんだ。人のこと言えないがな。
ふ、と流し目でその小さなコックを見やれば、そいつはぴやっと慌ててキラーにしがみ付く。
精々不味くない料理を期待している。そう言い残して、俺は船内へ消えた。


 ひょんなことからこの船にお世話になることになった私は、コックという責任重大な職を承りました。
厨房は私一人で使い切れない程広い。けれど、この船の船員の数を考えたらこれくらいの広さが無いと一気に料理を作れないのだろう。
私が夕食を作っている間に部屋を作ってくれると言っていたキラーさんの顔――いや、仮面か――を思い出しながら料理本を開いた。予想通りそこには英語がずらりと書いてあって開けた瞬間『うわぁ…』と声を漏らしてしまった。
けれど、料理自体は私の世界とあんまり変わらないようだったし、どうにかなるだろうと野菜や肉を冷蔵庫の中から取り出す。とりあえずサラダとスープとメイン作れば文句は言われないよね。
まだ夕食には早い時間帯だったけれど、下準備やら数々の料理を作っていると意外に時は早く過ぎて、あっという間に夕食の時間帯になってしまった。
「手伝いに来たぞ」
「ひーと!ありがとう!」
ふと、ダイニングにやって来た彼がにこにこと笑う。最初は口を縫ってるとかどんな人だ!!と思ったけれど、キラーさんと同じように彼も中々優しい人だと気が付いた。この船の人達は皆個性豊かな格好をしているけれど、総じて心根は良い(仲間に対してだけかもしれないけれど)人たちばかりだ。でも流石にキッドさんには驚いたなぁ。あんなに怖い顔をした人は初めて見た。
手伝うと言ってくれる彼にそれじゃあと料理をよそったお皿を渡していく。冷たいものから並べて行けば温かい料理が冷めることもないだろう。テキパキと仕事をこなしてくれる彼に次々に料理を渡していった。
最後のお皿は自分で持って運ぶ。そういえば、食べる席とかって決まっているのかな。
私はどこに座れば良いんだろう。前のコックさんが座ってた所に座れば良いんだろうか。
そんなことを考えている間にもぞろぞろと人がやって来る。私の心配などお構いなしといったように各々の席に着いている。どうやら船長のキッドさんが来るまでは食事を始めないように決まっているらしく、席に座っても誰も手を付けない。
どうすれば良いんだろう。そう一人わたわたとしていると、ぽんと肩に手が置かれた。
、どうした?」
「きらー。わたし、どこすわる?」
あせあせと彼に言いたいことを何とか伝えると、彼はそんなことかと笑ったような気がした。彼はそのまま私の元から離れて近くの席に座ってしまう。わ、私はいったいどうすれば。ぽつんと立ち尽くしていると、彼が私の名を呼んで手招きするから途端に嬉しくなって近寄る。
はここだ」
「ここ?」
キラーの右横に座らされた私は、彼を見上げて確かめた。そうだ、と頷いた彼に自然と笑顔になる。ここが、私の席か。ちっぽけなことだけど、私の居場所を見つけられたような気がして安心した。
背の高い男たちの中に一人ちっちゃな私がいることは視覚的に面白いらしくて、前に座っているヒートさんがくつくつと笑っている。
「何だお前ら。もう集まってたのか」
「お頭!美味そうですよ!早く食べましょう!!」
コツコツと踵の音を鳴らしながら現れたのはキッドさんだった。先程と同じように不機嫌そうな顔をしながら上座へ腰掛ける。ま、不味いとか言われたらどうしよう。彼が来たことによって食事を始めた彼らをじっと見つめる。彼らが美味しそうな顔をするのを見ない限り、喉に食べ物が入りそうになかった。
「お!ハンバーグ美味ェ!!」
「このスープ何ていう名前だ?良い味してるぜ!」
がつがつと箸を進めていく彼らの姿を見て、どうやら不味くは無いようだと一安心した。
「美味いぞ、
横に座っていたキラーさんが仮面をずらしながら食事をしていたのだが、しっかりとそう感想を述べてくれたことが嬉しくて思わず笑顔になってしまった。やばい、表情筋が締まらない。褒められることがこんなに嬉しいなんて今まで考えてなかったから。
緩みっぱなしの表情筋をどうにかしなければと考えていた私は、周りの男たちが固まっているのに気が付かなかった。
「なぁ、こういうのを“純粋無垢”って言うんだよな」
「何か俺、自分が汚く思えた…自信無くす…」
「??」
サラダを突きながら首を傾げる。彼らはいったいどうして私をじっと見つめているのだろうか。
ところで、キッドさんは私の料理を食べてくれているのだろうか。そう思ってちらと見てみると、偶然目が合って吃驚した。
でも視線を離そうにも離せなくて、見つめ合うような形になる。いったいいつまで見つめ続ければ良いんだ。
「…美味ェよ」
「…!!」
どうやら彼は私が感想を求めているのだろうと勘違いしたようで、しかしその思わぬ言葉にまた頬が緩んでしまうのを感じた。初対面であんなに威圧してくるからてっきり私のことを認めてくれていないのかなと思ったけれど、そうではなかったようだ。これからもっと頑張って、彼に一人前のコックだと認めてもらえるようになろう。私はそう決意した。


2013/03/25

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