シンデレラは帰らない

 むかしむかし、あるところにそれはそれは可愛らしい少女――がいました。烏羽のようにつやつやした黒髪がふわふわと風に靡く、その様子が一番彼女を愛らしく見せていました。少女は優しい父と一緒に大きな屋敷に暮らしていましたが、ある時再婚相手として連れてこられた継母と義理の姉たちに冷たく当たられていました。しかも、彼女の父が病で亡くなってしまってからは彼女たちは益々を冷遇し、毎日彼女をこき使っているのです。義理の姉たちは綺麗なドレスを着ているのに、彼女には擦り切れたドレスしか与えられません。彼女は灰をかぶっていることから彼女たちにシンデレラと仇名を付けられていました。
「あら、。ちゃんとここが縫えていないわよ。もう一回最初からやりなおして」
「ごめんなさい、おかあさま」
彼女にぽいっとほつれたスカーフを投げたのは、継母のキラー。演技もばっちr――げふんげふん。前髪で目元は覆われていますが、時折ちらりと覗く彼女を見る目は冷たく些細なミスさえ逃してくれそうにありません。彼女は継母に投げられたスカーフを拾って、また最初から縫い直そうとその場を離れました。
こんな風に継母が彼女に厳しいのは今に始まったことではありませんが、彼女は大層傷付いていました。
「おとうさま、かえってきて……」
彼女が想うのは、幼い頃から優しく時には厳しく彼女を育ててきてくれた亡き父。しょんぼりした様子で彼女が庭にある噴水の傍に腰掛けていると、二つの大きな影が現れました。
「おい、シンデレラ。お前こんなところで仕事をサボっているのか?」
「お母様に言いつけるぞ」
「ごめんなさい。すこしきゅうけいしていただけです」
彼女の前に現れたのは義理の姉――ヒートとワイヤーでした。高い目線から彼女を見下ろす二人は彼女の言葉にふんと鼻で笑います。彼女はそんな二人を真っ向から見上げることができません。
「精々、仕事に追われることだな。今日は城の王子が花嫁探しの舞踏会を開くんだ」
「お――私たちはもうすぐ舞踏会に出かけるからな」
言いたいことだけを言っていなくなってしまった二人の義理姉に彼女ははあ…と溜息を吐きます。彼女たちが言うように今日はお城で王子の花嫁を見初めるための舞踏会が開かれます。朝から王子に見初められるように張り切って身支度を整えていた彼女たちはそれはもうが着ることが出来ないような綺麗なドレスを着ていました。良いなあ、私も舞踏会に行きたい。そう思いながらも舞踏会に行くことが出来るようなドレスを持っていない彼女はちらりと自分の薄汚いドレスを見て惨めな気持ちになります。
「おーい、どうしたんだ?
「そんな溜息吐いてると幸せが逃げちゃうぜ?」
「ちょっぱー!さんじ!」
そんな彼女のもとに現れたのは鼠のチョッパーとサンジ。二人とも、彼女の友達です。彼女の父が亡くなってからというもの、彼女は唯一見方をしてくれる彼らとだけ仲良くしていました。
「きょうはおしろでぶとうかいがあるの。だけど、わたしにはきれいなドレスがないから…」
は舞踏会に行きたいのですが、彼女は義理の姉たちのように綺麗なドレスを持っていません。継母のキラーからは全ての仕事が終わったら舞踏会へ行っても良いと言われていますが、到底彼女一人では終えられない量の仕事を押し付けられています。いったいどうしたら良いのでしょう。
「あ、おれ良い人知ってるぞ」
「奇遇だな、チョッパー。俺も今その人のことを言おうとしてたんだ」
「?」
にっこりと笑った二匹を見て、彼女は首を傾げます。いったい彼らは何を思い付いたんだろう。そう思いながら、彼女はちょろちょろと走り出した彼らについていきます。
時刻はもう5時を回っています。あと一時間もしないうちにお城で舞踏会が始まるでしょう。義理の姉たちは継母と一緒に既に出かけて行ってしまい、家にはいません。二匹のネズミについていき彼女が訪れたのは書斎でした。
「ここにだれがいるの?」
きょろきょろと見回しても誰もいません。訝しげな彼女に彼らはまあまあと微笑んで大きな声である人を呼びはじめました。
「おーい、魔法使いさーん!」
「いるんだろう?出て来てくれよ美しい魔法使いさーん!!」
「――何?」
二人が何度か呼ぶとぱっと空間が瞬いてオレンジ色の髪を持った女性が現れました。魔法使いのナミです。彼女は急に現れた魔法使いに驚いて目を見開いています。
「私に何か用?」
「あの、わたしぶとうかいにいきたいんですけど、きれいなどれすをもってないんです」
彼女はサンジとチョッパーに前に押し出されて、おずおずとナミに困っていることを相談しました。彼女はの話を聞いてふむふむと相槌を打ちます。
「なるほど、綺麗になりたいのね。そんなのお安いごようだわ」
「まほうつかいさんありがとう!」
は快く了承してくれた彼女に喜びました。サンジもそんな優しい魔法使いのナミを称えています。
「ただし、あんたがお姫様になった暁には寄付金を寄越しなさいよ」
「え」
突如目をお金に変えてしまったナミに、彼女は驚きを隠せません。絶対にあんたを選ぶように可愛くしてあげるんだから!ナミがやる気を出してくれたのは彼女にとって喜ばしいことですが、まだ王子に見初められるか分からないのに先のことを考えている金の亡者の魔法使いに彼女は苦笑い。
「さあ、これでどう!?」
「わあ〜!」
ナミか杖をひと振りすると、の着ていた擦り切れたドレスは瞬く間に純白のレースのドレスになり、彼女の愛らしさが際立つようなメイクが施されました。髪飾りから硝子の靴まで全てがキラキラと輝きを放ち、彼女は嬉しさのあまりに手をぱちぱちと叩きます。
「あんたたちも変身しなさい!」
彼女が杖をもうひと振りするとチョッパーとサンジはネズミから人間に変身しました。わいわい騒いでいる彼らにナミは畑からカボチャを持ってくるように言います。
「あと、馬になれそうなやつもね」
「はあ〜い!ナミすわぁ〜ん!ちゃんのために頑張るよ〜!!」
「ありがとう、ふたりとも」
彼らがナミに言われたものを持ってくる間に彼女たちは中庭に向かいました。
は綺麗なドレスを汚さないように細心の注意を払います。
「あ、言い忘れてたけど魔法は12時になったら解けるからね。それまでに帰ってきなさいよ」
「はい、わかりました」
彼女はナミの忠告にこくこくと頷きました。王子にだけではなく周りの人にもそんな姿を見られてはとても恥ずかしい思いをしてしまう。何が何でもそれまでには家へ帰らないと。彼女はそう考えました。
ちゃ〜ん!ナミすわぁ〜ん!持ってきたよ〜!」
「こっちだぞ」
中庭で待っていると、サンジが大きなカボチャを持って、チョッパーが二匹の犬を連れて来ました。
「そーれ、やっちゃうわよー!」
ナミが杖を二度振るとカボチャは白い馬車に変わり、犬はとても立派な白馬になりました。準備が整った馬車に彼女はサンジに手を貸して貰いながら乗り込みます。これから舞踏会に行くのかと思うとどきどきしてきた彼女は、気を落ち着かせるために窓からナミを見ました。
「良いこと?12時を過ぎる前に帰ってくるのよ」
「はい」
こくこくと頷いて彼女は何とか動悸を落ち着かせようとします。ナミは魔法で家の雑用を片づけておいてあげるからね!とにっこり笑って――これも言わずとも料金が課せられることを何となくは理解していました――馬車を送り出しました。
からからからと馬車が走る音が響きます。窓から外を見ればどんどん景色が変わっていきます。三十分も馬を走らせていれば視界に煌びやかなお城が見えてきました。
――どうしよう、私なんかが行って大丈夫かな。
どんどん大きくなってくるお城のは慌てます。一人わたわたとしていると、サンジが振り返りちゃんは十分可愛くて綺麗だから安心して舞踏会に行っておいでと励ましてくれました。
「俺たちはここで待ってるから」
「うん!いってきます!」
とうとうお城に着きました。馬車から降りるの手を支えながらサンジはにっこりと笑いました。そんな彼らに手を振って彼女は城内に入って行きます。既に舞踏会は始まっており、美しく着飾った貴婦人や娘たちで犇めいていました。
その人たちの足を踏まないようにそっと前に進んでいくと、ホールの最上段にある豪華な椅子に座っている赤い髪の王子が見えました。
「あれがきっどおうじ……」
彼はスノウ・ホワイトのタキシードをきっちりと着こなしています。彼の背の高さから相まってとても素敵な様子でした。


 ったく…だりぃ。俺の花嫁を舞踏会で決めるからと無理やりこのような場に連れてこられたが、正直面倒くさいといったのがキッドの本音だった。キッドははぁ…と退屈の意を込めた溜息を吐き出して楽しげに踊っている貴婦人たちを見つめました。変わり映えのしねぇ烏合の衆だなぁ。彼はそう呟き、ふとホールの隅に目を移します。
「ん?」
そこにいるのは一人の少女でした。白いドレスを纏い、少し周りにいる女たちに比べると地味とも言えるが何かが違います。ぱくぱくと料理を美味しそうに食べてふにゃりと破顔させている彼女。それを見て彼の心は決まりました。
「あいつに決めた」
すくっと立ち、檀上から下りる彼。途端に女性たちが色めき立ちます。彼はそれを煩わしそうに避けながら先に進んで行きました。


 は舞踏会に来たは良いが、周りの熱気や貴婦人たちの威圧に負けて王子を見る事すら出来なくなっていました。仕方なく彼女は使用人が運んできた料理に手を付けます。おいしい!途端に彼女の気分はぱあっと上昇しました。
おうじさまとおどってみたいけどりょうりもおいしい!そんな風に料理を楽しんでいた彼女でしたが、目の前の女性たちがきゃあきゃあと騒がしくなったのを見て料理を食べる手を止めました。そしてその女性たちを退けてやって来たのはキッド王子ではありませんか。
――わ!!きっどおうじ!どうしてこっちに!?
彼女は慌てて料理を使用人に返して女性たちが王子に話しかけているのを見つめていました。しかし、キッド王子はその女性たちに構わずどんどんの方に進んできます。
「おい、お前。俺と踊れ」
「は、はい」
何故、何故とわたわたしているに手を差し出す彼。彼女はぼぼぼと赤くなりながらも恐る恐るその手を取りました。一見強面の彼ですが、彼女の手を引く力は彼女の歩幅の違いを考えているのかそこまで強くなく、それが彼の優しさを表しているようです。
周りの女性たちは羨ましそうに彼女を見ます。中にはあの継母や義理の姉たちもいました。しかし彼女はキッド王子しか目に入っておりません。彼女はただ心臓がばくばくと鳴り響きながらもワルツを踊りはじめました。腰に当てられた彼の手の大きさや密着度に彼女の緊張は最高潮に達します。それでも気絶せずに踊れているのはこの光景を夢にまで見ていたからでした。
「お前、名前は?」
です」
じっと見つめてくる情熱的な赤い目に、彼女はたじたじしながらもしっかりと自分の名前を述べます。
――きっどおうじのめにみつめられるとはずかしくてしにそう。
王子と踊ることができるなんて夢のよう。彼女は幸せな気分でワルツを踊り終えました。


 王子と踊って熱くなった顔を冷やすために彼女は静かなベランダに出ました。そこには誰もいません。先程のことがまるで夢のようで彼女はぼんやりと夜空を見上げていました。
「おい、お前一人か?」
「――はい」
突如としてかけられた声。それに振り向けばそこには黒のタキシードを身に纏い、目元を隠す銀色の仮面を着けた長身の男がいます。つんつん跳ねた黒髪に顎髭が特徴的な彼に、彼女はなんですか?と訊ねました。
「俺と踊れ」
「はい」
特に断る理由も無かったので広間から漏れ出る光と音楽を頼りに、静かに踊り出しました。名前はキッド王子と同じようには聞かれず、ただゆっくりと時が過ぎていきます。
――このひと、なんてなまえなんだろう?
仮面舞踏会でもないのに何故仮面を着けているのか気になって、ちらちらと彼の顔を見てしまいます。その様子に彼はふっと笑って彼女は見下ろしました。
ふと、きょろきょろと何かを探しているのか、キッド王子がこちらにやって来ます。そしてと一緒に踊っている男を目にした途端目の色を変えてずんずんこちらに進むスピードが速くなりました。
「テメェ!ロー!!帰ってやがったのか!」
「うるせぇのが来たな。今この娘と踊っている所なんだから邪魔すんな」
キッド王子が来てダンスどころではなくなってしまい、ローと呼ばれた彼は渋々彼女から離れて仮面を外しました。
――あれ?もしかしてろーって…ろーおうじ!?
仮面を外した彼は目元に隈を作ってはいるが美男で間違いない部類でした。彼は長年放浪していた第一王子でキッド王子の異母兄弟だったのです。国民の間でも彼の放浪癖はよく知られており、彼が国にいること自体が珍しいと認められている程なのです。
両王子が口喧嘩をしているのを見て、彼女はまさか一度に二人の王子様とダンスを踊るなんてと嬉しいやら恐れ多いやらで気を失いそうでしたが、ふと柱時計の時刻を見てそれどころではなくなりました。
あと一分もしないうちに十二時になる所を針が指しています。それを見た瞬間彼女は深々と頭を下げ「しつれいします!」と言い、ベランダから駆けだしました。
――ああ!たいへん!まほうつかいさんにいわれていたのにもうじかんになっちゃう!
呆気にとられている二人を置いて、彼女は走りに走ります。普段よりも格段に重いドレスと高いヒールの靴を身に着けているからか中々速く走れません。そんな彼女の後をキッド王子が追いかけてきます。
「おい、!待て!」
「ごめんなさい!」
何が何でも帰らなくてはと慌てている彼女はやっと正面玄関の階段に辿り着きました。この階段を下りればどうにか馬車に乗れます。さあ急がねばと彼女は階段を下りますがその前にがしっと彼女の細い腕を掴む力強い手に阻まれました。
「え!?」
「帰るな。お前は、これから俺と一緒に暮らすんだよ」
彼女の手を掴んで離そうとしないキッド王子に彼女はあたふた。まほうがとけちゃいます!と言ってはならぬことまで口走る彼女は相当パニックに陥っている。
「あ?ドレスがなくなるんだったら俺の城にあるドレスを着りゃ良いんだよ」
「ええーーーー!!?」
普通なら考え付かないような解決案をだされ、彼女は彼に抱えられてしまい、この城から出ることは出来なくなりました。話が違うと彼女から上がる悲鳴が十二時を示す鐘の音と同時に場内に響きました。

後日そのことを聞きつけたサンジたちやナミが祝福をしに来たのはまた別の話。


2014/01/24
大変オリジナル色が強いのですがシンデレラパロをやりたくて書いた話です。自分の中ではいちゃいちゃさせてみたつもりです。

inserted by FC2 system