おとぎ話のつづきは満月が上ったら

橋を壊す際に、私は地面に下ろされた。とりあえず海兵さんたちはそれで追ってこられなくなる筈だったけれど、諦めが悪いのかまだどうにかして私たちを捕まえようと努力しているようだ。
足の長い彼らにおいて行かれないように私は小走りで彼らの後をついて行く。
「さっさと島を出るぞ!」
そういったキッド船長に、皆が頷く。その直後、急に彼ががくんと膝をついた。
「きっどせんちょー!」
彼は足から血を流していた。それを見てさあっと顔が青くなる。一体誰が。そう思って周りを見渡すと、少し離れた木の根にとても大きな人が立っていた。何あの人!一軒家よりも大きいんじゃないの!?その人の大きさに驚いていた私は、彼らが険しい顔をしているのに気が付かなかった。
、後ろで隠れていろ」
「うん」
そう言って後ろへと私を追いやった男に頷く。私は彼に言われたまま彼らの戦闘に巻き込まれないように隠れていようとした。
『一般人発見。保護』
「え?」
しかし、ピピピという機械音と共に突然視界が変わる。!!そう叫ぶ声が下から聞こえた。一体何が起こったのか理解できなかったが、今私は先程キッド船長に攻撃をした人の手の中にいた。飛び降りたら死んでしまいそうな高さに持ち上げられた私はそれだけでぶるぶると震える。
「くそ!をとられた!」
「きっどせんちょー!」
真横にあるくまみたいな人の顔に怯えて私は離れようとする。しかし、ぐっと身体を掴まれて逃げられなくなった。私などまさに手のひらサイズだろう。彼が少しでも力を入れれば私は簡単に潰れてしまう。
ここで死んでしまうのかと恐ろしくなって目を瞑った。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。彼は彼らに向かってばっかり攻撃をしていた。口から出てくるビームに彼らが避けて応戦しようとする。既に一人倒れていて、私は顔を青くした。どうしよう!みんな死んじゃう!!
「やめて!」
危ない!!」
少し緩んだ手から身体を出して、彼の顔を彼らとはまったく逆の方向に思いっきり向けた。その瞬間発射されたビームは離れた場所に飛んでいき、ドオオンと大きな音を上げてその場所を破壊する。
尋常ではない破壊能力に私は怯えた。あれがキッド船長たちに当たっていたらと思うと恐ろしい。
彼はまた私のことを手の平に閉じ込めた。どうやら私には危害を与えないらしい。まるで私が落ちないようにと気を付けている彼に、どうしたものかと考える。このまま私がこの人に捕まっていたら、キッド船長たちはろくな攻撃を出来ない。金属の武器を集めて巨大な手を作り出したキッド船長をはらはらしながら見下ろす。
「なんで”七武海”がこんな所に……!」
「トラファルガー・ロー…!」
ふと、新たに表れたグループに目を向ける。それは先程私の首に噛みついたあの人だった。私を閉じ込めているこの人が彼の名前を発したことで、私は彼の名前を知ることができた。ローさんっていうんだ。って、そんなことに気を取られている場合ではない。どうにかしてここから逃げなければ。
ぐいぐいと私を捕まえている彼の手をどうにかして退けようとするけれど、全く歯が立たない。数秒もしないうちに私は疲れてしまってぐったりと項垂れた。くそう、また皆の足手まといにしかならないなんて……!!
再び戦いの火ぶたが切って落とされたようだった。嫌々だろうけれど協力することにした彼らがこちらに向き直っている。
「ROOM…シャンブルズ」
「わ、あ!」
彼が何かを言った途端私はローさんの腕の中にいた。くまの人の手の中には岩が入っている。いったいどうして私がこの人に抱えられているのかは分からない。
「テメェ何やってんだ!!を返せ!」
「おいおいそれがこいつを取り返してやった礼か?」
くまの人に応戦しながらキッド船長が彼に向かって怒鳴る。そうだ、助けてくれたローさんには悪いけど私はキッド海賊団のクルーだ。敵と馴れ合っちゃいけない。彼から離れてどこかに隠れようと彼の胸板をぐいぐいと押すけれど、彼の腕は細い割には力強くて逃げることが出来ない。
「おい、暴れるな。まずはあいつを倒すのが先だ」
私を片手で抱き上げながら彼がそう言う。私はこの人にいらぬ動揺を与えて自分まで巻き添えをくらうのは嫌なので、大人しくしていることにした。しっかり掴まってろ。本当は抱き着きたくなんてなかったけれど、そう言う彼の言葉に頷いて首に腕を巻き付ける。この戦いが終ったらキッド船長がローさんなんかけちょんけちょんにしてくれるんだから。とか思ったけど彼らが戦いを始めたら私にまで被害が及びそうだと思って考え直した。
!待ってろ、絶対に助けるからな!」
「怖いなら目を瞑っておけ」
キッド船長が私に大きな声で呼びかけるのが聞こえた。私はそれにうんと叫び返す。本当に私は役立たずで足手まといだ。彼らが一生懸命戦っているのに、助けることもできない。私は彼の言葉通りに目をぎゅっと瞑った。出来るだけ早くこの戦いが終わりますようにと願いながら。
―――キュイン…ドカァアン!!
爆発音が響く。今までよりも激しくなった戦闘音と焦げ臭さが鼻をついた。船長二人がクルーに指示を飛ばす声や戦闘によって上がった荒い息遣いなどが響く。中には咳き込んでいる者もいて、痛みに呻く者もいた。
「…!シャンブルズ!」
「ひゃ!」
!!」
突然感じた浮遊感に悲鳴を上げる。高い所から落ちていく感覚に下腹部を持って行かれそうな錯覚に陥った。やだ、怖いよ!このまま落ちたら私死んじゃう!目を瞑っていたせいで分からないけれどこのままいけば私が死んでしまうことなど簡単に想像できる。私は自分自身の身体をぎゅっと抱きしめた。
「ベポ!」
「アイアイ!」
しかしがしっと何か柔らかいもので抱えられた私。今まで瞑っていた目をそろそろと開けるとそこにはオレンジ色のツナギを着た白熊がいた。今まで私を抱えていたローさんはどうやら近距離でくまの人に攻撃を受けているようだった。だから私を不思議な能力で上に飛ばしたのだろう。私は現状を見るのが恐ろしくなって目を閉じた。
「あと少しだ!!」
「自滅させろ!」
――ボガァアン!!
何かが内部で破壊されるような音が響く。彼らは息を乱しながらも相手を着々と弱らせていっているらしい。目を瞑った状態ではよく分からないけれど段々彼らの優位が明らかになってきて、私は白熊さんの腕の中で彼らの無事を願った。
最後に大きな破壊音を響かせて、この場はしいんと静まり返った。
そろりと目を開けて周りを見渡してみる。彼らは息も絶え絶えな様子だったが、地面にあのくまの人が倒れているのが確認できた。
「くそ…やっと終わった…」
「やっかいな敵だった」
手足がばらばらになって地面に倒れているくまの人。その他にもキッド船長たちが付けただろう傷が沢山あって、私はこの戦闘のすさまじさに慄いた。
白熊さんは私のことを抱き上げたまま、安心したのか大きな溜息を吐く。瞬間、シャンブルズという声が聞こえ、私はまたローさんに抱きかかえられる形になった。
「ありがとうございました。はなして」
「まあ待てよ」
早くキッド船長のもとに帰らないとまたこの二人が喧嘩を始める。そう思った私はぐいぐいと彼の身体を押し戻そうとするけれどやはり敵わない。私を抱きかかえたまま彼はにやにやと笑っていて、私は何だか嫌な予感がして冷や汗を垂らす。
「ひ!」
「トラファルガァアア!!テメェ、今度こそ許さねェ!!」
「くっくっく、ユースタス屋をからかうのは面白いな」
べろりと首を舐められた私は肩を揺らした。たぶんそこは先程彼が噛み痕を付けた所だ。ぶちぶちとキッド船長の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がして、私は一生懸命彼の胸板を押した。
『あいた!』
てっきり離してくれないのかと思っていた私は予想外に簡単に解けてしまった拘束のおかげで地面に尻餅をついた。痛みに眉を寄せながら立ち上がってキッド船長のもとに駆けた。彼らは先程のくまの人と対峙している時よりも怖い顔をしている。完全に切れた目だ。うわあ。私は彼らの顔にびくびくした。こうなったのも全部ローさんのせいだ。
あっかんべー!とキッド船長の背中に隠れながら私は彼に向かって舌を出した。そうすれば彼は更に意地の悪い笑顔を私に返す。
が汚れた…」
ごしごしと服の裾で私の首を拭くキラー。仮面で顔は見えないけれど雰囲気で怒っていることは何となく察することができた。今にもまた戦闘を始めようとしている彼らに大丈夫!とアピールする。だって倒れている仲間もいるし、今は早く船に戻って皆の傷を治すのが先決すべきだから。
「だいじょーぶ!かえろう!」
「チッ……」
ね?ね?と首を傾げながら私は彼のコートをぐいぐいと引っ張る。今は少しでも早くローさんとキッド船長を離したかった。一方的に険悪なムードになっている彼らを見るのは嫌だけど、ここで戦ったらどちらとも被害は拡大するばかりだ。
……仕方ねェな。そう呟いた彼にほっと一息を吐く。大分間が開いていたけれど、そう決断してくれたのだから結果オーライだ。
未だローさんに噛みつかんばかりの勢いだった彼らも、私がぐいぐいと彼らの手や服を引っ張ると渋々といった体で仲間が待っている船に向かって歩き出す。ちらり、と彼らの大きな身体の隙間からこうなった元凶のローさんが見えた。
「じゃあな、
「さ・よ・お・な・ら!」
にやりと笑った彼に「いーっだ」というように顔を歪めて別れの挨拶を投げた。次なんてありませんよ!!


――船に戻るまでの間は何事もなかった。俺は甲板で仲間たちに囲まれているをちらりと横目で見ながら垂れてきた赤毛を掻き上げる。
先程のバーソロミュー・くまとの戦い。あれは、俺たちにとって恐ろしい出来事だった。てっきり俺たちをまず潰しにかかってくるだろうと思っていたのに、奴が手を出したのは非力な。手の中に閉じ込められた彼女を見て俺たちは容易く動きを奪われた。
――弱い、弱い
彼女は弱い。この船の中で一番力が無くて戦闘の経験が無い。今までの俺だったらこんな足手まといにしかならない奴を仲間に入れるなんてことはしなかった。力がない者などこの船にいても邪魔にしかならないからだ。自分の尻ぬぐいを出来ない奴など、この船には必要なかった。だけど、彼女はこの船にいる。俺が嫌っていた弱っちい人間だ。それでも、彼女だから傍に置いていた。彼女だから、どんなに弱くても守っていこうと思っていた。
これから俺たちが進んでいくのは新世界だ。今までのような生ぬるい旅はもう終わりだろう。あの海賊王の右腕の男が言っていたように、これから先の航海は彼女にとって危険なものになっていく。彼女が危機に面したその時、はたして俺たちが彼女の傍に付いているのかは分からない。
甲板で仲間たちと笑っている彼女。あの笑顔を絶やしたくないと思う。あの無垢な少女を無くしたくないとも思う。そうならないためなら俺はどんな悪魔にでもなれる。彼女を、手放したくない。
俺が海賊王になるその時、俺の隣で「やったね、きっどせんちょー!」と笑っていてほしい。他の誰でもない、彼女の笑顔に祝福されたかった。その時まで、彼女が生きていられる確率を少しでも増やすためには――
!!」
「はあい。なに?」
輪の中できゃいきゃいと楽しんでいた彼女を自分のもとへ呼び寄せる。とてとてと小走りでやってきた彼女はきょとんとして俺のことを見上げた。このアホ面を拝めなくなるなんて、考えたくもない。
「明日から特訓だ」
「???………ええー!!」
数秒して理解した彼女が不満そうに顔を歪めた。しかし俺はもう決めた。この、言葉に不自由な愛しい馬鹿を殺させるわけにはいかない。俺たちと対等とはいかずとも、そこらへんの男から逃げられるくらいの力は付けてやる。それくらいだったら彼女にだって出来る筈だ。
血で汚れさせはしない。汚れるのは俺たちだけで十分だから。だけど、彼女にだって自分を守れる力くらい付けさせてやる。そうすることで、こいつが俺の隣で笑っていられるならいくらだって叩き込む。
「感謝しろ、俺が直々にお前を扱いてやる」
「やだああー!!」
彼女の悲痛な叫び声が甲板に響いた。


――、決してお前を死なせたりなんてしねェ。お前は俺の大切なクルーだ。俺が海賊王になるその時まで、ずっとずっと俺の傍で笑っていろ。


2013/06/06
END
番外編でいちゃこらする予定。

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