キスよりも、その牙で喉へ噛み付いて

「魚人島からやってきた!!“人魚”のォケイミ〜!!!」
ばんっとカーテンを取り払われて現れたのは、可愛い女の子の人魚だった。下半身は本当に魚の尻尾で、私は思わずそれに目が釘付けになる。でも、手錠や首輪をされている姿が痛々しい。ナミが彼女を取り返そうと息巻いているのが見えた。大丈夫、私のお金も合わせて3億あるんだから絶対取り返せる。
「5億ベリィ〜!!5億で買うえ〜!!!」
しかし無情にも会場に響き渡ったその声。先程この会場に入ってきた何だか偉そうなおじさんだ。周りの人と違ってシャボン玉を頭に付けている変な人。
私は咄嗟にその言葉が理解できなかった。今、この人5億って言ったの?
ちらとナミを見上げると驚愕に目を見開いていた。やっぱり、私の聞き間違いじゃなかったんだ。彼女たちは必死の形相でこの問題の解決策を導き出そうと話し合っている。しかし、司会者の終了の合図が鳴らされた。
「まるでこの世の縮図だな」
とんだ茶番だ。そう言ったキッド船長が帰るぞと言うように私の腕を引っ張る。
「まって!きっどせんちょー」
ちゃん…!」
まだケイミーちゃんを助け出していない。私がいたって何の役にも立たないかもしれないけれど、友達の友達が大変な目に会っているのに放っておくなんて出来ない。そう思って彼に止まってもらおうとぐいぐいと腕を引っ張るけれど、非力な私が彼の力に敵うわけもなく引きずられる。
「あああああ!!!」
「何だ?」
しかし、突如会場の外で響く大きな叫び声に彼の足が止まる。そして次の瞬間、ドカアァン!!という大きな破壊音と共に会場の壁に穴が開いた。
あまりの大きな音に吃驚した私は思わず彼の腕にしがみ付く。私と同じように彼らも驚いているようだった。もくもくと砂煙の中から現れたのは麦わら帽子をかぶった青年と三本の刀を持った男だった。
「あいつ……“麦わらのルフィ”じゃ……!!」
ルフィ、ゾロと呼ばれた彼らはどうやらサンジと知り合いのようだ。というか、仲間なのだろう。私は突然の展開について行けず、麦わらの彼がケイミーちゃんに向かって突進していき、タコみたいな人に抑えつけられているのをただぽかんと見ていることしか出来ない。
「きゃああああ!!魚人よ〜!!!気持ち悪い!!」
しかし、彼は本当にタコだったようだ。にゅっと飛び出した4本の腕に座っていた女の人が悲鳴を上げている。途端に彼に向かう非難轟々の嵐に私はどうしてと慌てた。何で皆あんなに彼のことを嫌な目で見つめているのだ。
次の瞬間、二回の銃声が響き、私は口を押えた。彼が、あの偉そうなおじさんに打たれたのだ。
「きっどせんちょー!」
「行くな」
流れる血の量に、色に慄く。早く彼を助けないと死んでしまう。しかし、咄嗟に動きそうになった身体をキッド船長に押さえつけられて私は彼のもとに行くことができない。彼は何かを考えるように冷静にこの現状を見つめている。麦わらの青年がすたすたとおじさんに近づく。それを彼が本気かといった目で見た。
「ヴォゲアァ!!!」
「うわあ」
彼があの男を殴り飛ばした。しいんと静まり返った中に私の間抜けな声が吸い込まれていく。何だか皆驚きの余り声を失っているようだ。あの人そんなに偉い人だったのかなあ。私としては彼が殴り飛ばしてくれたおかげで少しすっきりしたけど。
音が戻った後の展開は早かった。彼が殴り飛ばされた事に怒った衛兵たちが彼らを捕えようと武器を振り上げて向かってくるが、彼らはそれをいとも簡単に薙ぎ払って次々と行動を起こしていた。会場にいた客たちは皆あのシャボン玉をかぶった人たちとサンジたちが暴れ出したのに怯えて一斉に外に逃げ出している。あっというまに私たちとあのシャボン玉の人達以外がオークション会場からいなくなった。ケイミーちゃんが入っていた水槽は刀を持っていた人が切り、彼女がそこから顔を出す。そして空から現れた三人の彼らの仲間も参戦してあっという間に戦いは終わるかと思われた。
「さァ魚!!死ぬアマス!!!」
しかし彼女が銃で撃たれそうになった。危ない!そう思ったその時、がくりと気を失った女性。訳も分からなかったけど、私は彼女が撃たれずにすんだことに安心した。
そしてケイミーちゃんのいたステージの裏から現れた巨人の男と老人。どちらに反応したのかは分からないけど、彼らを見た瞬間、目の色を変えたキッド船長を私は確認した。老人が何やら麦わらの彼と話しているのを眺めていたら、急に私の意識はぶつりと途切れた。


「こいつには強すぎたか」
老人が発した覇気に耐えきれず、俺の横にいたは気絶してしまった。彼女が床に倒れる直前に抱えて肩に担いだおかげで彼女に怪我はない。こいつの小さな顔はファーコートの中に簡単に埋もれてしまいそうだ。
――あの覇気、間違いねぇ。まさかこんな所でこんな大物に会うとは思わなかった。
俺は飄々とした老人――シルバーズ・レイリーを見て僅かに鼓動が早まった。目の前に海賊王の右腕だった男がいる。
「おや、そこのお嬢さんには悪いことをしてしまったな」
彼は俺の肩に担がれた彼女を目に止めて苦笑した。そしてすたすたとこちらに近づいてくる。どうやらタコの魚人と知り合いらしい。魚人の傷を調べながら彼が再び俺が抱えている彼女に目を向けた。
「その子は一般人だね?」
「ああ、非戦闘員だ」
ふうむ、そう唸った彼に何が言いたいんだと眉を寄せる。いくら相手がかの有名なシルバーズ・レイリーだとしても関係ない。彼は俺を苛立たせたが俺は彼の言葉を待った。
「悪いことは言わない、その子とはこの島で別れた方が良い」
「何だと?」
と別れろ。つまり、彼女を置いて行けと言った彼に俺たちは目の色を変えた。ふつふつと煮え立つ怒りを感じながら、俺はしかしこの男が言いたいことを理解していた。彼は戦えもしない彼女がこの先の海で生きていける訳がないと言外に言っているのだ。彼の発した言葉は限りなく一般人に近い彼女の身を案じた言葉だった。しかし、そんなの俺たちは百も承知だ。分かっていて彼女を船に乗せている。
「悪ィが、頷くことはできねェな。こいつは俺たちのコックだ。何かあったら俺たちが守る」
「そうか、野暮なことを聞いてすまなかった」
彼は苦笑して俺の言葉に頷いた。
――捨てられるものなら何度でも彼女を捨てる機会はあった。置いていけるものなら、力づくで彼女を黙らせることができた。しかし、俺たちは今まで一度もそんな事をしようとしたことはない。肩に抱えた彼女を抱く力を強くする。そうできる期間はとうの昔に過ぎてしまっていたのだ。些細なことで笑って、泣いて、怒って喜怒哀楽を表してきた平凡な。今ではこの少女がいなければ、俺たちは彼女がいないことに違和感を覚え嘆いただろう。彼女は、いつの間にか俺たちにとって必要不可欠な存在になってしまっていたのだ。今更、彼女を手放すなんてきっと誰もできやしない。だから、彼女が傷付かないように俺たちが守れば良いのだ。絶対に、こいつを手放したりなんかするか。
「外は完全に包囲されているぞ、キッドの頭」
冷静を取り戻したヒートの言葉にああと頷く。そして気を失った彼女をワイヤーに預けて俺は他の奴らよりも先に出口へと向かった。
「もののついでにお前ら助けてやるよ!表の掃除はしといてやるから安心しな」
俺は颯爽とコートの裾を靡かせて外への扉を開いた。


「ん……?」
「目が覚めたか」
温かい、がっしりした腕に抱えられているのに気づき私は目を覚ました。ぱちりと開いた視線の先にはワイヤーがいる。彼は私が目を覚ましたことに安心しているようだった。どこか具合が悪くないか?そう訊いてくる彼にううんと首を振る。ちらりと彼からずらして足元を見ると大量の人が倒れていた。しかし、これは人というのだろうか。胴が二つあったり身体がばらばらにつながっていたり。気持ち悪いこの現状に私は小さく悲鳴を上げた。
なんで私が気絶していたのかは分からないがとりあえず、いつまでも彼に抱きかかえられているのも申し訳ないので、私は彼に地面に下ろしてもらった。いつの間に外に出てたんだろう。周りでキッド船長と麦わらの青年と具合の悪そうな顔をした男が戦っていた。あっという間に陣形を崩してしまった彼らにすごいと声を上げる。
「きっどせんちょーかっこいー!」
手がロボットみたいだった!そういう意味を込めてきゃあきゃあ騒いでいたら、彼がふっと笑いながら私を振り返った。何やら話していた三人はそれぞれ別れることにしたらしい。すたすたとこちらに戻ってきた具合の悪そうな男を見つめる。目の下にできた隈と顎髭が特徴的な男だった。
ヒートたちは私が安全に歩けるように私よりも少し前を歩いて道を切り開きに行ってしまっている。私も早く彼らの所に行かないと危なくなっちゃう。そう思っていたが、目の前に現れた男にそれは叶わなくなった。何か用があるのだろうか。そう思って彼をぽかんと見上げていると、彼はにやっと笑って私の首に噛みついた。
『いたああああい!!』
「ユースタス屋、大切な物はちゃんと隠しとかないと奪われるぞ」
「テメェェェエエ!!トラファルガァアア!!!」
がぶりと噛みつかれた私はあまりの痛さに涙を流した。何この人怖い!嫌悪感や怯えよりも私は突然のことに驚きすぎて動けなかった。私この人を怒らせるようなことした記憶が無いんだけど!キッド船長の怒声が少し離れた所から聞こえる。彼のすぐ側にいたキラーがすぐさま私を助けに来た。駆けてきた勢いのまま私に噛みついた彼に切りかかろうとしたけど、それは帽子とサングラスをかけた男によって阻まれる。
、大丈夫か」
「うん」
彼はここで二人を倒したかったのだろうけど、それよりも私たちがキッド船長のもとにいくことが優先だと思い至ったのか、数秒彼らを睨みつけて私を抱えて戦場を走り抜ける。にやりと笑った隈の彼が私のことを見ていたけれど、私は彼から目を逸らして違う場所を眺めた。
「あ!さんじばいばいーい!!」
ちゃーん!また会おうねぇ〜!!」
キラーに抱きかかえられながら、私たちとは違う方向に向かっている彼らに手を振る。そうすれば、彼らは手を振りかえしてくれて私はまた会えると良いなとその時を願った。


2013/05/30

原作少しいじりました。

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