君の手をとって

 迷子だったところをサンジに助けられた私は、彼と共にヒューマンショップに訪れていた。どうやらここに彼の友達の人魚さんがいるらしい。
「ちょっぱーちゃん」
「ん?なんだ?
先程知り合ったサンジの友達のうちの一人のトナカイ君に話しかける。彼はどうやら人のようになれるらしくて、先程までは小さなたぬきみたいな恰好をしていたけれど今では彼らのように大きな姿になっている。
私の方に振り向いた彼に、今はどういう状態なのかと聞く。ちゃんとこの状況を見ていてあまり良くない方向に向かっているとは分かっているのだが、如何せんヒアリングの力がないせいで詳細が分からないのだ。
彼は小声で私にも分かりやすいようにゆっくりと簡単な言葉で教えてくれた。ええと、つまり人魚さんはもうお店のものになっちゃっているから、彼らがどう言おうと返してくれないのか。何それ、酷い!!
「てェんめェ〜コノ…」
「おい、小娘!どこ行くんだ」
「手が出せないなら!!ここのルールでケイミーを取り戻してやるわ!!!」
「??」
ずんずんと歩き出したナミに、分からないけれど私もついて行く。どうやら彼女はこのお店のルールで、人魚さんを取り戻すことに決めたらしい。すごい、ナミって行動力がある。何か後ろでサンジがナミに向かって叫んでいる気がしたけど、彼女は振り返らない。
「あんたも、サンジくんに見つけてもらって良かったわね」
「?うん、さんじいいひと。ありがとう」
あんたも売られてたかもしれないからね。そう続けられた言葉にえ?と首を傾げる。数秒かけてその言葉を理解した私はえええと驚きの声を上げた。「何?あんた自分が攫われそうになってたの気付かなかったの?」そう隣でナミが呆れている。え?え、ちょっとまって今は彼女の言葉を理解している余裕が無い。え?もしかしてサンジが蹴り飛ばしたあの人たちって、私のことを攫おうとしていたの?何それ!!サンジが来てくれて良かった。私、てっきりキッド船長の知り合いの人かと思ってた。顔はいかついけどあんな優しそうに笑ってしかも美味しいものもくれる、みたいなこと言ってたのに。
どうやら自分が思っていたより私はサンジに感謝をしなくてはいけないようだ。彼が助けてくれたおかげで私はこういう所に売られずにすんだのだ。今更恐ろしくなって、私はぶるりと震えた。
入口を開けて入っていった彼女に続いて、私も入っていく。キッド船長たちいったいどこにいるんだろう。一番グローブに行くっていうのは知ってたけど。まさか、こんな場所にはいないよね。そう思って視線を横にずらすと、見慣れた黒のファーコートが。あれ?
「あ!きっどせんちょー!!!」
「何ィイ!?ちゃんの船長がこんなゴツイ奴だったとは…!!」
「あ!!てめ、どこ行ってたんだ!」
サンジやナミたちから離れてたたたと彼らのもとに走り寄る。そうすれば、ごつんと彼から拳骨が落ちてきて私はうわあんと泣き声を上げた。どこ行ってたんだって、私のこと置いて行ったのはキッド船長たちなのに!理不尽だ!
「良かった。心配していたんだ」
「探しに行こうとしてたんだぞ」
しかしキラーやヒートは心底心配したという顔で私の叩かれた頭を撫でてくれた。良かった。皆こんな所にいたの。安心の余り少し涙が出る。そんな所に、こつりとこちらに向かう足音が一つ。
「おい、ちょっと待てよ。ちゃんを置いて行ったのはてめェらだろ」
「あ?誰だ、てめェはよ」
私の後ろに立ったのは、私を迷子から、そして人攫いから助け出してくれたサンジだった。しかしその顔は先程よりも厳しいもので私は彼がキッド船長たちに怒っているのだと分かった。そういえば、私サンジに置いてかれたって言っちゃったし。それで私が怒られているのを見て訂正をしに来てくれたのだろう。彼は優しいから。
ちゃんはなァ、てめェらに置いてかれたって泣きながら一人で歩いてたんだぞ!あと少しで人攫いにも攫われそうだった!それなのに拳骨なんて落としやがって、てめェはおかしいんじゃねェのか!?」
「………」
わわわ、サンジ!私のことでそんなに怒ってくれなくても良いよ!ほとんど何言っているのか早すぎて分からなかったけど。これでもきっとキッド船長も心配してくれていた筈だから。キッド船長が怒ると怖いしもしかしたらンジと喧嘩を起こすかもしれない。あたふたと両者を見比べる。なぜかキッド船長は無言で彼を見つめている。
「…そりゃ、うちのクルーが世話になったな」
「あ…、さんじありがとう!」
「、ああ…」
私はこれ以上二人がいがみ合うのを見たくなくて、彼に笑顔を作って何度もありがとうと言った。まだ彼は納得がいかない所があるのか歯切れの悪い返事だったけれど、私としては意外に突っかからなかったキッド船長に驚き、これ以上大きく発展してくれなくて良かったと安心しているところだ。彼から何かを色々聞かされたキラーたちはまた私に怪我が無いかとあちこちを確認し始めた。
もう、大丈夫だってば。サンジが助けてくれたんだし。
私はとりあえずこの問題は解決したのだと思って、またサンジたちの所に行く。くいくいとナミの服を引っ張ってえーと、と話しかけた。
「わたし、いちおくもってる。つかって」
「え!?あんた一億も持ってんの?」
「おい、。お前いつの間にそんな大金手に入れたんだ」
私はナミに話しかけたのに、どうしてキッド船長が横から入って来るんだろう。いっせいに言葉を投げられても私、混乱するだけなのに。これでケイミーをもっと助けやすくなる!と喜ぶ彼女にうんと頷く。私の全財産だけど、これで彼らの友達が助けられるならお金なんて問題じゃない。で、キッド船長への返事はええと、えーと、たしか。
「へそくり」
「お前、そんな言葉どこで覚えた」
彼の呆れた顔を見ながら、キラーと返す。彼は突然の矛先に慌てることもなく「キッドがお小遣いをくれない時用に貯金するように言っていただけだ」と彼に伝えていた。“おこづかい”って、と隣でナミが苦笑している。だって仕方がないじゃないか、私はキッド船長たちに拾われた身分であってそんな簡単にお小遣いが欲しいなんて口に出来ない。
「お前らいくらくらいあげてたんだ?」
「まあ、一日に100万程」
――はぁ!?
キッド船長の驚いた声が上がる。何だろう、キラーたちと何話してるんだろう。キラーに突っかかっているキッド船長を眺めながら、私はナミたちとおしゃべりをしていた。早く人魚さん出てこないかな。
「おい、。敵と馴れ合うな。こっちにこい」
「てき?なんで?」
ぐいと私の腕を引っ張ったキッド船長を見上げる。彼はいつにもまして鋭い目付きでサンジを睨んでいた。
私はなぜ彼らが敵なのか分からなくて不思議そうな顔で彼を見ていると、彼はあいつらは麦わらの一味だと言った。ムギワラノイチミ?なんだろうその名前は。初めて聞いた。何かのグループの名前かなぁ。
「海賊だ」
「え?かいぞく?さんじたちかいぞく?」
彼らも海賊だったのか!キラーから教えられた私は驚きの顔で彼らを見る。彼女たちは「そうよ」と笑っている。サンジに視線を移せば、彼はちゃんと言ってなくてごめんねと苦笑した。コックだって言ってたからてっきりどこかの料理店のコックさんなのかと思ってた。でもそういえば私も海賊って言ってなかったかも。そんな風に驚いたけど、境遇が一緒の彼にお揃いで嬉しいなぁという気持ちが浮かぶのは意外と早かった。海賊だと言われても恐怖を感じないのは彼が紳士で私のことを助けてくれたからだろう。
「でもわたし、さんじすき」
「えええ!?ちゃん俺もだよ〜!!両思いだねぇえ!」
彼は私の中ではもう友人になっていたから話したいんだけど。そういう気持ちを込めてキッド船長を見上げると、なぜか彼は青筋を額に浮かべていた。あれ、なんか私間違ったこと言ったっけ?
とりあえず、何か分からないけどくねくねしているサンジが面白くて彼に笑いかける。そうすればより一層彼の眉間には深い皺が刻まれていった。あれ?変なの。
「笑うな馬鹿」
「え?」
「!!笑ってくれちゃん!」
「えっ??」
待って待って。大層不機嫌な顔をしたキッド船長とにこにこと笑っているサンジに挟まれて私は慌てた。この状況を許容できるほど私は場馴れしているわけではない。笑うなとか笑ってだとかどっちの言うことを聞けば良いの。わたわたと二人の顔を交互に見比べていたら、キラーが助けの手を差し伸べてくれた。
の好きなようにすれば良い」
ゆっくりと発音してくれた彼にそっかあと頷きそうになるが、その前にキッド船長にぎろりと睨まれた。
「お前は俺とキラーの言うことのどっちを聞くんだ」
――え。うん、と言いそうになっていた口を閉じて彼を見つめる。
「俺に大好きっていったのは嘘だったのか?」
「うそちがう!きっどせんちょーだいすき」
普段の彼からは想像できないが、彼は少し悲しそうな顔をしてそう言った。私はその言葉に咄嗟に違うと返した。だって、あの時言った大好きって言葉は(勢いだったことは否めないけど)本当だから。私の素直な気持ちだった。だからそれを彼に分かってもらいたくてぶんぶんと首を振る。
「じゃあ俺の言うことを聞け」
「わかった」
「あーあ、丸め込まれちゃった…」
通常の状態に戻った彼の言葉にこくこくと頷く。そうすれば彼は満足そうに笑って、ふんとサンジに向かって鼻で笑った。なぜかナミが呆れたような顔でこちらを見てくるのが不思議だ。
――ちくしょう!なんでちゃんはこんな奴のことが好きなんだ!俺の方が絶対に紳士でイケメンなのに!
何やらサンジが身悶えしながら早口で何かを言っている。けれど、私は分からなかった。だが心配なことは心配なので、彼に大丈夫?と訊ねた。
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんが話しかけてくれたから」
「ほんとう?よかった」
「………はぁ…」
「理解できてなかったようだな」
ぱっと微笑を浮かべた彼が何とも無かったのだと分かって、私はにっこりと微笑んだ。良かった、何か急にお腹痛くなったとかじゃなくて。そんな私を見てキッド船長がなぜか頭を抱えて溜息を吐いている。どうしたの?今度はキッド船長が頭痛くなっちゃったの?
私は心配になって彼のもとに行こうとした時、彼らが取り返そうとしていた人魚さんが現れた。


2013/05/30
オークションの描写しなくてごめんなさい(笑)
実際はくそチャルロス兄様が来たところまで進んでます。

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