もしも麦わらの一味に拾われていたら2


 麦わらの一味にお世話になり出してから一週間経つ。その頃にはもう、私は彼らの仲にとけ込んでいた。私を含めて3人しかいない女性陣とは必然的に話すことが多くなるし、部屋だってお邪魔して寝させてもらっているからロビンとナミにはすぐに慣れた。ルフィやチョッパー、ウソップとはよくゲームや鬼ごっこをしたりして遊んでいるからよく話すし、サンジには料理を手伝うという名目で勉強させてもらっているから接する機会が多い。
しかし、未だにブルックとフランキー、ゾロに関しては謎が多くてあまり話しかけることが出来ずにいた。相手から話しかけてきてくれるなら楽しくお話しできるのだが、どうにも自分から話題を見つけることができないのだ。特に、ゾロなんかはキッド船長並みに顔が凶悪なので、彼に睨まれる度に少しばかり寿命が縮む。
だが、彼らと話したいと思う。ルフィたちとは何かが違う彼ら。どうして違いを感じるのか分からないけれど、それを自分が必要としていることを分かっていた。
ちゃん、味どう?」
「おいし!ばちぐ」
掻き混ぜていたスープの味を確かめてほしいと言うサンジに、スープを一掬いして小皿によそい、ふーふーと冷まして口を付けてみると丁度良い塩気に口の中に広がる野菜の味。うわ〜、美味しい。ぐっと親指を立てて彼に美味しいということをアピールすれば、彼は良かったと微笑んだ。

ほとんどサンジが作った美味しい料理をお腹いっぱいに食べた後、私はいつものように甲板で鬼ごっこをしていた。メンバーはお馴染のルフィ、ウソップ、チョッパーである。因みに今の鬼はウソップで、私は彼から逃げるために走り回っていた。だが、ルフィはゴム人間でチョッパーは身軽という条件の中、圧倒的不利なのは私である為、ウソップは標的を私に絞る。
「やー!うそっぷ、こないして!」
「あははは!!は遅いな〜!!」
どんくさい私はあっという間にウソップに肩を叩かれて鬼が交代してしまった。ひゃっほー!と逃げる彼の背中に「いーちにーさーん」と10まで数える。その頃には彼はもう甲板の端にまで行っていてルフィたちときゃっきゃと笑っていた。よーし、捕まえるぞ!!
だっと走り出して彼らに突進する。わー!と散り散りになった彼らのうち、一番出だしが遅かったルフィに狙いを定めた。
「るふぃ!!まつ、して!!まて!」
「なっはっは!!追いついてみろ!!」
手加減してくれているのか、身体を伸ばさないで走るだけに留めている彼。それでも私は彼を捕まえることができない。楽しいけれどはあはあと息が上がって、徐々に追いかける脚も遅くなる。あ〜、もうルフィ速いよ…。
「うわ!?何すんだ、ロビン!!」
、もう少しよ」
しかし、突如甲板から生えた腕が彼の身体を拘束する。それを行なったのはロビンだ。慌てるルフィに微笑むロビン。彼女の言わんとしていることが分かってルフィのもとまで駆ける。
「たぁっち!!るふぃ、おに!」
どんっと彼の身体にタックルしてイエーイとブイサインをする。腕を消したロビンにありがとうと叫べば、これくらいしなきゃ一生捕まらないもの、と彼女は笑った。何て言っているのか分からなかったけど、ロビンは優しいなぁと芝生の上に寝転んだ。ちょっと休憩。
「寝るのか?」
「ちょと、やすむ」
私の顔を覗きこんだルフィに疲れたのだと言えば、そうかと頷いて彼はウソップたちを捕まえるために走り出した。それを少し見て、私は体勢をごろんごろんと転がりながら自分の好きな所に変えていく。丁度良い所が見つかって、そのまま目を閉じた。
潮風が吹いて熱くなった身体を冷やしていくのが気持ち良い。とろり、と心地良い疲労から眠気が押し寄せてきた。
すや、と意識が暗闇に落ちていく前に思い出したのは、いつもこういう時にはワイヤーやヒートが膝枕をしてくれていたことで。彼らと1週間しか離れていないのに、私の心の中には寂しいといった感情が溢れた。たぶん、私は夢の中で彼らとルフィ達としたように、鬼ごっこをして遊んでいたと思う。

 さん、風邪ひきますよ。ヨホホホホ。独特の笑い声で私を起こしてくれたのは、服をまとった骸骨のブルックだった。長身を屈ませて、昼寝をする私の心配をしてくれる彼はとても大人だ。
――大人。
寝ぼけた頭でそれを反芻する。そうだ、ブルックは大人だ。ぼんやりと彼を見上げれば、寝ぼけてるんですかねぇと私の顔の前で手を振る彼。
大人という言葉で連想するのは、キッド海賊団のクルーたちで。私は思わず、ブルックに「あし、ちょうだい」と言っていた。
脚はあげられませんよぉ!!と慌てだした彼に、違う違うと首を振って、座ってと彼の腰を下ろさせる。
「これ!これ、して」
「ああ、胡坐ですか」
そして彼に胡坐をしてほしいのだと見本を見せれば、安堵した様子で彼は胡坐をかいた。それに、笑う。わーい。
おじゃましまぁす。と言って彼の膝に頭を乗せる。
「ほね…」
「だって私ガイコツですもん!!」
「ごめんなさい」
思わずぽつりと感想が出てしまい、それにブルックはむきーと目を吊り上げた。彼がふざけているのだと分かっていても、自分が我儘すぎたことに気付いてしょぼんとする。あれ、もう良いんですか?と訊く彼にうんと頷いてぷらぷらと当てもなく歩いた。
――私、キッド船長たちに甘やかされてたんだなぁ。
いつも、私に構ってくれていた彼らのことを思い出して、余計に寂しくなる。私がブルックたちと話したかったのは、きっと大人だったからだ。キッド海賊団には私より年上の男たちしかいない。中々年が離れている者が多いから、私はいつも妹分として可愛がってもらっていた。だが、この船には同年代の人たちしかいない。友達と兄のような存在は違う。頼ってばかり、甘えてばかりなんて出来ない。だから寂しかったのだ。ルフィ達に比べたら大人な彼らに甘えたかったのだ。
私に何かあった時いつも飛んできてくれたキラー、泣けば抱き上げて励ましてくれたワイヤー、私とよく遊んでくれたヒート、そして色んなことから私を守ってくれたキッド船長。
――会いたいなぁ。
こんなに親切にしてもらっているのに、私は嫌な奴だなぁ。
「…何辛気臭ェ顔してんだ」
「?くさい??」
しょんぼりとして海を眺めていたら、背後から低い声がした。振り返ってみれば、珍しくゾロが私に話しかけてきてくれたようだ。しかし、言葉が分からない。辛うじて臭いという単語は聞き取れたことで、すんすんと鬼ごっこをしてかいただろう汗を嗅いでみるけれど、自分ではよく分からない。
も、申し訳ないなぁと思い、しゃわーすると言えば、ちげぇよと彼にデコピンをされた。い、いた…。これでも大分手加減をしてもらったのだろうけれど、私の頭はぐわんぐわんと揺れる。
「お前がそんな顔してると、他の奴らが心配すんだろ」
「…かお、へん?」
くいっと親指で彼が示す先には、わいわいと騒いでいながらも、時折ちらちらとこちらを見やるルフィたちの姿が。あからさまにチョッパーなんかはしょんぼりとした顔になっていて、漸く彼らに心配させてしまったことに気付いた。
どうしよう。ごめんなさいと謝れば、そうじゃねェと彼は溜息を吐く。何が違うのかよく分からなくて自然と俯いて自分の手をぐにぐにと弄る。彼はそんな私を見てあー、だとか煮え切らないような声を上げた。
「……泣きてェなら、泣きゃ良い」
だけど一人で泣くなよ。あいつら心配すっから。ぶっきらぼうに、しかし常よりどことなく柔らかくなった彼の目尻に、私はキッド船長の面影を彼から感じた。そうだ、彼もこうやって私に不器用な優しさを与えてくれていた。その瞬間ぶわっと喉に込み上げてくる熱い塊。
「きっどせんぢょおおおおおお」
「うおっ」
わんわんと泣き出した私に、彼がぎょっとして半歩後ずさった。皆の名前を呼ぶ度に彼らと一緒にいた日々を思い出してどんどん悲しくなる。
――寂しいよ、皆に会いたい。いつもみたいに皆の為に料理を作って、「また料理の腕上げたんじゃないか?」なんてキラーに褒められて、キッド船長たちがばくばくと料理を食べているのを見たかった。
ぼろぼろと涙をこぼす私に、ゾロはぎこちなく頭に手を置いてわしゃわしゃと掻き混ぜる。それがまたキッド船長を彷彿させて、私はまた涙を溢れさせた。
「あー!!!ゾロが泣かせた!!わりぃんだ!!」
「うっせー!ルフィ、これは」
「ゾロも罪な男ねぇ」
「おれはサンジを呼んでくる」
「ナミ、テメッあ、こらウソップ止めろ!!めんどくせぇ!」
ルフィが大きな声を上げてゾロを指差し、それに慌てたゾロが目を吊り上げている。それを見たナミがふふと笑い、ウソップはスタタとキッチンに駆けて行き、それを止めるようにゾロが彼に向かって手を伸ばした。チョッパーは私の足元で同じように悲しそうな顔で私を見上げてくれるし、騒ぎを聞き付けたサンジが怒り心頭な様子で駆けてきてゾロに蹴りを食らわせた。
それに驚くもまだまだ涙が尽きることはなくて、危ないですよと華麗に私を救出してくれたブルックの腕の中でえぐえぐと嗚咽を漏らせば、同じく騒ぎを聞き付けたフランキーがドスドスとこちらにやって来る。
「ひでぇ顔だなぁ」
「ごめ、なさい」
ひっくとしゃくりあげながら彼の言葉に謝れば、彼はブルックから下ろしてもらった私の身体をぽーんと宙に放り投げキャッチし、彼の肩に跨らせた。
わあっと自然に声が飛び出て彼の自慢のリーゼントを掴む。彼はそれに対して何も言わずに、私の足を支えてくれている。背の高い彼の肩から見た景色はとても新鮮で、知らず知らずのうちに涙が引っ込んでいた。ぎゃあぎゃあと騒ぐ一味と、その船を囲むように一面に広がる海。
「どうだ、良い景色だろう」
「すごい」
彼は「何やってんだフランキー!」とゾロとの戦いから一時離脱してまたまた目を吊り上げているサンジに「ガキは肩車すりゃあ泣き止むんだよ」と面倒くさそうに答える。
私はその言葉は分からなかったけれど、下からサンジが心配そうに見上げてくるから、大丈夫だよと言うように笑った。
「仲間と離れて寂しいのは当たり前よ。だから、一人で抱え込まないで」
今までそっとこちらを見やっていたロビンが、私の所までやって来て見上げる。しゅるりと私の肩から生えた彼女の綺麗な腕が、私の濡れた頬をよしよしというように撫でてくれて、私はまたそれで涙がちょろりと溢れた。
「あっ、折角俺が止めたってのに」
「良いのよ。泣きたいだけ泣けば落ち着くもの」
さんは泣き虫ですねぇ〜」
「おい!見ろ!!腹踊りだ!!」
それにまたわあわあと騒ぎ出す彼ら。ロビンとブルックは穏やかに笑い、今までどこかに消えていたルフィやウソップ、チョッパーがダダダと駆けて戻ってきて、顔を描いた腹を剥き出しにしてお腹を膨らませたり、腰を振ったりして色々な顔に変形させる。それを見て、私は泣きながら笑ってしまった。
――キッド海賊団とは違うけれど、皆のことも大好き。
私のことを心配してくれて、色々考えて構ってくれた彼らに、心が温かくなった。


それから一週間後にちゃんと私はキッド海賊団と合流することが出来たのだけど、今度はルフィたちと離れるのが寂しくてまた泣いてしまった。
どっちも手放したくないなんて我が侭だなぁ。


2015/04/30


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